ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

毎日ブログを書くメリット

time 2015/02/04


 

もともと『毎日書く』を目標として2013年から書いてきたブログですが、途中で止まったり後戻りしたりしてました。

なので2015年からは心を入れ替え、毎日書くようにしています。メリットは色々あるのですが、そこなかでコレは重要かなと思えるものを少し掘り下げておきたいと思います。

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ブログを毎日書くことのメリット一覧

と、その前に、ブログを書くことのメリット、毎日書くことのメリットについて、意外と周知されていないようですので、簡単に振り返ってみたいと思います。重要性などは順不同。

▼一般人は通常年1回の大晦日の(その年ほとんど何もなし得なかったという失意の)振り返りと(ほとんど叶うことのないそのときのノリだけの)元旦の計画、企業ですら四半期ごとの決算でしかPDCAを回すことが出来ないが、ブログを毎日書いているということで毎日PDCAのサイクルを回せる。

▼組織という言葉が自分が属する会社だけを意味しなくなってる今日、個人の重要性が高まりつつあり、それすなわち個人の情報発信が求められているということに他ならない。そんな時代のトレーニングとして。

▼ブログとはすなわち言語化であり、それが出来る人と出来ない人の間には、雲泥の差がつきつつある。『スゴく疲れた』を、昔の僕はこの一言でしか表現出来なかったが、今は『10km走った疲れ』と『42km走った疲れ』と『100km走った疲れ』とを全て異なる表現で表すことができる。

▼言語化が出来ると、一つのものを様々な角度から説明できるため、目の前の人に何かを伝える際に、その人に合った形、サイズにして届けることができる。すなわちこれコミュニケーション能力の強化。

▼『単なるハエと言えど、視界に入ったハエは無視出来ない』のが人間。自分が大したことなくても、毎日書くことで無視出来ない存在になる。

▼低コスト、低労働で自分のブランディングをすることができる。カネ、コネ、ヒトに恵まれないいち個人がブランドを手に入れるのにこれほど安いメディアはないと思う。

▼世代を越えて自分の言葉を残すことができる。僕はじいちゃんばあちゃんの言葉を知ることはもう出来ないけれど、僕の娘は僕の言葉を、僕の子孫も僕の言葉を知ることができる。僕のOPP癖は昔の破傷風のように、未来には完治しているかもしれない。

▼自分の成長を確認することができる。大体の場合、1年も前のブログは『自分で見てもひどい』。てことはすなわち成長してるってこと。これはちょっと嬉しい。

▼自分のどうしようもない頃を知っている友人に会うと結構緊張するが、そのどうしようもない頃しか知らない友人に今の多少は成長した自分をアップデート出来る。

▼まだ出来てないから分からないけど、子育てにも使えると思う。親が何を考えているかというのは、友人の重要性が親に代わる頃から、よく分からなくなる。一番大事な人のはずなのに、一番分からなくなる。そんな時期に、親は決してなんでも知っているわけではない、むしろ親の方が悩んでいる、ということを伝えられる。

▼(やってる人は)アフィリエイトなどでお金を儲ける直接の手段になる。企業から受けとる賃金の伸びがあまり期待出来ないなか、月2ー3万だったとしても貴重な自己投資原資を稼ぐことができる。

▼自分を現時点で直接知らない人にも、未来のどこかで知ってもらう可能性が増える。やはりチャンスというのは自分だけで掴めるものではなく、人がもってきてくれるものだからそういうのはとても大事。

▼時間の短縮。会う前から自分に合わない人はよってこなくなる。僕の場合、『やる気のない現状維持好きな色白細めスポーツしたことない草食男子』は寄ってきてほしくない。お互いのためにならないから。

▼自己成長という意味では、徴兵制に並んでコスパの良いものな気がする。(僕は、2年間ぐらい全員兵役を化すべきだと思う。そこで心をカラダを鍛え、理不尽に耐えることを覚えれば、日本人ビジネスマンは復活すると思う。)

▼その他諸々・・・

あと何十個かは出てくると思いますがこのへんで。

その中でも特筆すべき、『毎日不都合な真実を知ることができる』ということについて少し考えを述べます。

 

毎日『不都合な真実』を知ることができるというメリット

ブログを毎日書くとはすなわち、毎日毎日、『不都合な真実』と向き合うということでもあります。その『不都合な真実』とは何か?

自分の現在地であり、現時点での表に出てる/出せている実力

のことです。『地力』とか『潜在能力』などのおめでたい修飾語の通用しない、残酷な事実です。

毎日書くということですから、当たり前ですが仕事をしている以上、そう大して時間を割けるわけではありません。僕の場合は1日あたり30分〜40分ぐらい。アイアンマンのことなどになると、1時間近くかかることも。本当は20分ぐらいで書きたいのですが、まだその筆力はありません。

僕が大切にしている言葉の一つに、『人間、出来ることしか出来ない』というものがあります。まさにこれと同じで、『書けるものしか書けない』のです。その日その瞬間に捻り出せるものしか出せません。

これが正しいかどうかは別として、僕はその日のエントリにて伝えたいこと(1つか2つ)が決まったら、もういきなり書き始めます。構成を考えて、下書きして、起承転結を考えて、などということをしていたら、間に合わないからです。

で、そんななかで、せめて格好をつけようとテレマークだけは無理矢理決めます。決まらずにグダグダになることも多いですがそれもその日の実力。

 

卒論を地力で全て書いた人っていますでしょうか?パクリゼロで書いた人っていますでしょうか?そういう人もいるのかもしれませんが、僕の知っている限り、ほとんどはどこかしらからの引用であったり、パクリのつぎはぎだったりするのでは?

書いた人はほとんど分かっていることと思いますが、そうやって仕上がった卒論というのは、自分の実力という『不都合な真実』をうまく覆い隠した、ただの卒業狙いのパッケージです。同じことを再現することはできません。だって実力じゃないから。大学卒業であればその程度で大丈夫なんですけど。

 

ブログを毎日書くというのはその対局で、『今歯磨きしてみて』、『今日本語しゃべってみて』、『今チャック閉めてみて』と言われるのと同様、『今ブログ書いてみて』と言われて書いているようなものなので、結局のところ書けるものしか書けないのです。

歯磨きも日本語しゃべるのもチャック閉めるのも、皆さんその実力があるから出来るわけですが、ブログとなると、それは頭の中に格納されている経験や情報を有機的につなげてアウトプットするという作業なわけですから、いきなりやれと言われて出来るというものでもありません。

卒論とは違い、そのまま日々の実力が問われるのです。で、これはとてもキツいことではあります。誰だって他人から褒められたいし、出来ることなら自分でも『おー、オレ出来る男やん』と思いたいわけです。

が、ブログを毎日書いてると、自分の至らなさが毎日毎日突きつけられます。コレは結構キツいことです。

しかしこの『不都合な真実』を毎日知るということは、成長という観点からすると膨大なメリットを生み出します。

 

目的地への最短ルートは、現在地を知ること

トレイルランニングをやっている人なら分かると思いますが、ロードでのレースと違って必ずしも最速の人が速いわけではありません。そういう人は往々にして、道に迷い、コースをロストします。そしてそういうときの体力と精神力の費消というのは、もう通常時の数倍から数十倍になります。

どっと疲れるのです。そしてポキリと音がするかのごとく、心が折れます。

そしてそれを防ぐためには、速く走る以上に、常に自分の現在地を把握するということが必要になります。人間、やる気を失ったり心が折れるのは、何をどうすれば目的地にたどり着けるか分からなくなったときで、その多くは現在地を見失う事に起因します。

人生を普通に生きていると、最速が即ち目的地への最短ルートだとは限らないということが、何となく皆さん分かってくるのではないかと思います。あるいは、皆が皆、最速で走れるというわけでもないことは、20代後半から30代にかけて、嫌というほど思い知るのではないでしょうか。

自分に積まれたエンジンがF1のものではなく、ヴィッツに搭載されているものに過ぎないと知ったときの衝撃と絶望を、僕は今でも覚えています。でも、それでも前に進まねばなりません。

毎日ブログを書くことで、歯磨きレベルに当たり前に出来ることの実力という現在地を、毎日毎日突きつけられることになります。

それは先ほど書いた通り、必ずしも快感だけを伴うかといえば、そんなことはありません。

でも自分がどの地点にいるのかは、毎日毎日分かります。目標がコロコロ変わるという人はあまりいないと思いますが、翻って自分の現在地というのは、思う以上にコロコロ変わるもの。

それを毎日確認できるだけでも、自分が正しいルートを歩いているのか、速度は正しいのか、分岐で間違えたりしてないのか、戻るとしたらどれぐらいかかるのか、などが一片に把握できて、便利だなーと思うのです。

あ、そうそう。てことはですよ。去年のブログと比べて進歩してないようであれば、それすなわち、

1年間、同じ場所に立ち続けている

ってことですからね。これ以上の『不都合な真実』はないでしょう。もしそうなら何か変えましょう。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

 

 

 

 

目標というものはそうコロコロ変わるものではありません。勿論変わるのですが、毎日ではない。ところが現在地というのはコロコロ変わる。まっすぐ進んでいることはまずあり得ず、ほとんどが蛇行か、下手したら逆走していることもある。分岐で逆をいったら、分岐まで戻らないといけない。トレイルランニングもやるのでわかるのですが、ロストしたときの身体的精神的ダメージは、普段のそれとは桁が違う。そして人生というのは実はいつも、ロストした道を見つける旅なのです。

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。