ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

絶対に断捨離してはいけないもの

time 2015/02/17


 

昨日一昨日と、本当に断捨離しなければいけないものプライド断捨離の具体的な方法についてに書いてみました。珍しくシリーズ化してますが、今日は『絶対に断捨離してはいけないもの』について書こうと思います。

足るを知るというのはとても重要な概念ですが、今日はこと『成長するために』と焦点を絞った場合の話をします。

そうそう、なんだか会ったことある気がする人の本が売ってたので買ってみました。確かに家の唐揚げが気づいたらなくなってましたがあれもスピード重視だったんですね。

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対孫さんには感じない 対松坂選手にも感じない 対松坂世代には感じる コレなーんだ?

モノ、コト、ヒトの断捨離をし、プライドの断捨離の仕方もマスターした。しかしここで、絶対に断捨離してはいけないものにも触れておきたいと思います。すなわち

『プライド』

え?プライドの断捨離しろとか言ってなかった?と言われかねないので言い訳しておきますと、プライドには2種類あり、プライドその1は捨てるべきだけど、プライドその2は断固断捨離反対なのであります。

それ即ち、

プライドその1:『偽のプライド』。別名、『固執、頑固、差別心、自分の殻』など。
プライドその2:『本物のプライド』。別名『誇り、信念、生き様、貪欲なまでの成長意欲』など。

断捨離断捨離と話を進めてきましたが、ふと自分自身でこのプライドその2だけは絶対に断捨離しちゃいけないなと思う場面に出くわしたので、シェアさせていただきます。

 

写真の左は友人の著書、右はアンドレ・アガシとカルロス・ゴーンを足して2で割って和風醤油をかけたような顔の人の著書。どちらも素晴らしい内容でした。なのですが、両方読んだ結論。

『良い本だ・・・

良い本だ・・・

良い本だ・・・

 

 

悔しい!!!

 

!!!』

僕は、孫さんが新たな本を出したとか営業利益で1兆円たたき出したとか聞いても、もはやなにも感じません。すげーなーぐらいしか思いません。同い年の松坂選手が甲子園でノーヒットノーランで優勝したときも、西武で最多勝をおさめたときも、大リーグに100億円で移籍したときも、すげーなーぐらいしか思いませんでした。

が、同じ松坂世代である友人が著書を出したとき、それを読んだとき、そして人生の目標でありライバルだと勝手に思ってる漢が著書を出したとき、それを読んだとき、僕が感じたのは、

悔しさ

でした。

断っておくと、勿論賞讃する気持ちはあります。尊敬もします。が、それだけだったかというと、正直言えば決してそんなことはなく、むしろ『悔しい』と思う気持ちの方が強かったです。『素晴らしい本が出ました!みんな読んでみてね!!!』とは手放しで言えない感情がうごめいていました。

僕は、彼らと同じステージにいない自分を、情けなく感じたのです。ただそれだけです。

でも、僕はこの感情が出てきた自分を、少し褒めてやりたいと思います。この悔しさは、プライドその2に立脚したものであり、使い方さえ間違えなければ、自分のチカラとなってくれる感情だからです。

 

 

『羅王さんだから出来るんですよ』、『羅王さんは特別なんですよ』の誤謬

僕は、表面的なタイトルや見せかけの文章力だけには恵まれているおかげか、上記のように言っていただくこともしばしばあります。謙遜しても、『またまた〜』となって謙遜が意味をなさないこともしょっちゅうあります。

こういうお褒めの言葉は最近ありがたく頂戴することにしていますが、一方で少し思うのは、

『あ、この人諦めたな』

ということ。実はこの言葉、褒めているようで、自分自身の限界を無意識に規定してしまっている言葉でもありますので要注意。

『羅王さんだから出来るんですよ』とは、『僕には無理です。追いつくことは諦めました。』と言っているのと実は同義なのです。

子供は、友達がブランコに乗っていたら、それを見て『あたしもやるー!』となります。出来る出来ないは別として、自分にも出来ると信じているからです。その結果、最初出来なかったとしても最終的にはブランコに乗れるようになります。

大体の場合、人間の能力には大して差がありません。しかしこの『◯◯さんは別です』と言葉に発した瞬間、そのわずかな差は絶対的な越えられない差となり、以後覆ることも追いつくこともなくなります。自分の可能性を放棄する言葉なのです。自分で発した言葉が、いつでも崩れる壁を決して越えられない鉄の壁にします。

ちなみに僕もトップセールスの人たちとお話させていただくときにこの言葉をつい言ってしまうこともありますが、最近は意識的に使わないようにしています。本来、自分の能力は彼らと遜色ないと信じているからです。

 

 

『悔しい』は本物のプライドの証

今回の著書2冊を読んだときに僕が感じたのは、手放しの賞讃ではなく、『悔しい』というやや原始的な感情でした。そしてこれは、まだ僕が彼らに追いつけると心の中で思っていることの表れでもあり、成長意欲の観点から見れば非常に好ましいことです。

勿論今回本を出した友人は僕とは全く異質のハンパではない能力を持っていますし、アンドレ・ゴーン氏は僕の知っている父親世代の中でも破格の実績とパワーを持っています。追いつき追い越すのは容易ではありません。

だけどもだっけっど。『悔しい』と思ってるということは、『偽物のプライド』の断捨離は終えたものの、僕の中に『本物のプライド』がまだ意気揚々と生息しているということであり、それすなわち、僕はまだまだ成長できるということです。諦めてないということです。彼らをライバル視するぐらいのやる気はまだあるということです。

出来るか出来ないかは知らんけど。。

人間の成長というのは、出来ないことを出来るようになるなかでしか実現できません。が、意外と手の届く目標なのに自分から線を引いて諦めてしまってることがあるのもまた事実で、というよりこういった諦めが目標未達の原因の大変を占めてるんちゃうかと思うわけであります。

本物のプライドだけは断捨離しちゃあいけません。

今回『悔しい』と思ったということは少なからず同じステージを所望しているということの証明なので、宣言しておきますと近々僕も本だします。誰か僕の駄文をまとめてくれると嬉しいな。

 

 

 

 

 

そうそう、

 

 

 

マー君が大リーグにいったときに『悔しい』と思ったんですけど、あれはただの『偽物のプライド』、ただの嫉妬でした。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。