ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

本質を否定したくなったら黄色信号要注意!!!

time 2015/02/23


 

人間という生き物は、幼少期は特に努力しなくても(カラダが)勝手に成長します。それに伴って精神も成長していきます。誰かが心身ともに成長をサポートしてくれます。

これが大人になると、カラダの成長は止まります。そして誰も成長を促してくれません。カラダが成長しない以上、そこからはなにもしないと人間として成長することはありません。どうやらこの数年で分かってきたように思います。当たり前の話なんですけどね。

意思ある時間を投下しないと、大人の成長には寄与しないということです。無為な時間をどれだけ過ごしたところで、現状維持どころか退化していきます。

ところが、意思ある時間を投入して適切な努力をしていても、必ず来る壁の存在が最近気になっています。僕だけなのかなと思ってたらどうやらそうではないようですので、シェアしときます。

成長にはいくつかのステップがあり、そしてそれぞれに立ちはだかる壁のようなものがあるので、高みを目指すのであれば乗り越えていく必要があります。そのためには、まずはその壁の正体を知ることかなと思いまして。

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ある友人Rの早起き良習慣形成の話

友人Rの話を少々。Rは、僕と同様早起きをしようと試みていました。

彼のボトルネックは、朝の時間の使い方が絶望的に下手なこと。おかげでいつもアップアップ。やることが深夜におよび、朝早く起きれず、外資系エグゼクティブの朝の使い方に憧れつつも、実情はいつものび太くんのようにパンをくわえながら家を飛び出すような生活をしていました。

これではいかん!目指す場所にたどり着けない!と焦ったRは、早起きの師匠に弟子入りし、朝4時起きをすることにしました。2013年の10月の初旬のことです。

同じく弟子入りした仲間たちと4時起きを競うようになりました。元来負けず嫌いのRは、毎日1番を取りました。他の仲間たちが4時5分とか4時10分に起床報告をしてくるのに、Rだけはこっそり3時55分に起きたりして、4時ぴったりに報告をしていました。おかげで一番。優越感に浸っていました。

1週間が過ぎた頃、そろそろ4時起きに慣れたと思ったRは、よくある話の通り、気を抜いてしまいました。そして寝坊します。でもまだ大丈夫。この1週間のほとんどは、Rが一番最初に報告していたからです。早起きキングと言っても良いポジションでした。

が、この1回の寝坊が2回、3回と増えてくると、もう止まりません。1週間に1回の寝坊が2回、3回、と増えていき、ついに週の半分以上は寝坊するようになります。

そこからは雪崩のように崩れていき、最終的には1ヶ月の間に1日も起きれなくなりました。彼の早起き生活は、2013年の10月初旬に始まり、2013年10月の下旬に終わりを告げました。

最初は順調だったはずなのに、いつからそうなってしまったのか?

それは、早起きに成功して、しかし当たり前の話ですがそんなに自分に変化が起こらなかったことに気づいた時に、Rは思ってしまったのです。

『早起きが全てじゃないよな・・・』

たかが1週間しか早起きしてないのだから、変化がないのは当たり前です。早起きで変化が生まれるのは、1ヶ月とか3ヶ月とか半年とか1年というスパンで早起きした場合の話です。そんなことは分かりつつも、『早起きが全てじゃない』と思い始めたRの堕落は、止まることはありませんでした。

『早起きしてもどうせ眠くなるから一緒だしな・・・』

『早起きしても別にみんな大して変わってないしな・・・』

『早起きしなくても他のことちゃんとやればいいんじゃないの?早起き出来たからエラいの?早起き原理主義、かっこわるくない?』

 

 本質を否定したくなる病

上記のRとは、Raoh、すなわち僕のことです。早起き生活はたった1ヶ月で終わりを告げました。そこから約1年半、早起き出来なかったのですが、やはり早起きは必要だということで、今改めてチャレンジをしています。

長い目、遠い目で見守っていてください。

さて、こういった早起きに代表されるように、誰の目から見てもやった方が良いこと、取り組んだ方が良いことというのは、世の中に沢山あるわけです。

僕の専門の成長哲学分野で言うと、自己投資やチャレンジ、限界突破、仕事を真剣に頑張ることなどがそれです。これらは一般的に見て、ぐぅの音も出ない本質です。

この本質的なサムシングに取り組むと、ほとんど100%に近いぐらい、自己成長が見込めます。早起きしてない人なら早起きをすれば生産性が上がりますし、運動してない人が運動すれば健康になったり意思決定が早くなったりします。

が、こういった本質的なサムシングというのは、同じくほとんど100%に近いぐらい、ズルが出来ません。走るのであれば定期的に走らないとすぐに元に戻りますし、筋トレは1週間に1回ではマチョメンになれません。早起きもそれが期間限定ではなく習慣となって初めてナンボの世界ではないでしょうか。

なので、ほとんど100%に近いぐらい、皆さん壁にぶち当たります。上記の少年Rのように、『◯◯が全てじゃないよな』とか、『◯◯だけ出来てもしょーがなくない?』といったような否定が頭に浮かんできます。

こういった思考は、とても甘美です。なぜなら、何かにのめり込んでしまっていた自分や、今その状態の他人を冷静に否定することは、何か自分が賢いことを言っているかのように聞こえるからです。原発問題にやんややんや言っている人に、『原発反対してばかりいないで、冷静になるべきだ』とか言うと、なんだかとても賢そうに聞こえますよね?

そして同時に、こういった思考はとても危険です。思考をまわすぶん、目標に対しての累積の移動距離は稼げますが、それはあたかもボクシングのリングの中で、対戦相手の周りを一つのパンチも放たずにぐるぐると逃げ回っているだけの状態に酷似しています。

動いたり進んでいるように見えて、それは絶対に目標に近づく思考ではないのです。

 

過去の自分にも未来の自分にも言いたいのは、どう見てもやった方が良いことを、『◯◯は全てじゃない』なんて思い始めた時点で、それは黄色信号だということです。

その何に取りくんでいたとしても、必ず訪れます。野球でもサッカーでも早起きでも囲碁でも仕事でも。

そしてその黄信号が灯ったときに、一度立ち止まるべきです。安易に右折や左折をして目標から遠ざかるよりも、なんならちょっと止まって信号待ちをしていれば、また青信号になります。きちんと考えれば、本質的なサムシングというのは、なんだかんだ言ってもやらないよりはやったほうが良いのです。

明日は寝坊する予定ですが。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

 

 

否定したくなる

 

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。