物事の一部だけを切り取ってそこだけフォーカスしてしまうと、間違った印象を与えたり、以後の行動に深刻なバグを生じさせるケースがあるように思いますので少し触れておきます。
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事例1:既読スルー問題

最近これでモメることが多いみたいですね。一部では、この問題のせいでいじめや事件に発展することもあるらしいです。『(主にLINEの)既読スルー』と言われるこの問題、もともとは、IT化が進んだとはいえ、Eメールがメインだった頃にはなかった問題でした。
どこまでも即時性、即応性を追求した結果、相手が自分のメッセージを読んだのかどうか、そしてそれに対してどれぐらいの速度で反応したのかが、手に取るように分かるようになりました。
これは一面便利でしたが、Eメールの時のように、『好きな時に返せる』という自由は奪われ、いつなんどきも友情や愛情や忠誠心を証明するために、すぐに返信することを求められるようになりました。
結果、既読かつ返信がない、すなわち『既読スルー』という状態は、ただ読んで返信してないだけなのに、あるいは疲れていたり仕事中で明日には返信が送れるかもしれないのに、『オレあたしのことを軽視している』という深読みにつながるようになりました。自由なはずなのに不自由を感じるって。。。
 

事例2:手段が目的化し、本末転倒となる

タイムマネジメントに代表される生活の効率化は、一昔前に比べるとありとあらゆる場面で言及されるようになりました。平たく言うと昔の人は仕事と家庭以外に特にやることがなく、(大変失礼ながら比較すれば)暇だったのだと思いますが、現代の人はそうではありません。
コミュニケーションツールだけでフェースブックがあり、LINEがあり、メールがあります。ネットメディアだけでスマホ、タブレット、パソコンがあります。ゲームはスーファミしかなかった頃と比べて多様化しており、今はプレステ、PSP、スマホゲーム、Xboxなどがあります。趣味と言えばお茶と飲みとゴルフとお料理教室という淑女の皆さんは、増えているのではないでしょうか。
これらに加えて、昔からある仕事や家庭に費やす時間を考えると、明らかに現代人は時間がなくなっています。というわけでタイムマネジメントだ効率かだという話が毎度毎度書店でもメディアでも注目されているわけです。
が、コレも行き過ぎると災難を呼びます。今も昔も経営、経済の面で世界の一線を走っている大前研一さんは、マッキンゼーの日本支社長時代にあまりに忙しく、奥様に『いったいいつ私とご飯食べてくれるのよ!』とキレられたそう。
そのときの大前さんの回答がコチラ。

『秘書にアポを取ってくれ!!!』

その後、さらにキレられて、さすがに仕事中心すぎる生活スタイルを見直したそうです。
手段は所詮手段に過ぎず、タイムマネジメントもその一つです。これが目的化したら要注意。
 

事例3:愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

格言にも気をつけなければいけません。本当に大切なことがとてもシンプルに描かれているがゆえに、結構大事なことが削ぎ落とされたり、抜け落ちたりしているのがこれらの格言です。例えば、

'Connecting the dots'  by Steve Jobs

確かに振り返ってみれば点は線になり、面になり、今の自分を形作ってくれてるんだと確信できる日が来るのではないかと思います。が、だからといって何の脈絡もないことばかりしていることを正当化するために、こういう言葉にすがるのはナンセンスだと思います。
今日はマックのバイト、1ヶ月で辞めて次はモスバーガーでバイト、2週間で辞めてロッテリアでバイト、では、dotsが全くconnectされないような気がします。人生に一定の一貫性は必要です。ジョブズの一貫性は、『世界を変える』でした。
 
僕が最近特に気をつけなきゃいけないなと思う格言はこちらです。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ

僕は結構この格言を好んで使ったり、自分に適用したりしている時期がありました。しかし最近思うのです。どうも違う。。。
数限りないトライアンドエラーを繰り返したりPDCAをまわしてみてたどり着いた結論のいくつかは、下記のようなことです。
▼愚者は経験に学ぶんだろうけど、超愚者は経験にすら学ばないヤツじゃね?
▼King of 愚者は経験すらしようとしないヤツじゃね?
▼学問の歴史の中で正しいとされてきてることを学んでる東大生、経営学、経済学などの歴史を学んでるMBA生が『使えない』と言われることが多いのは、経験がないからじゃね?
▼せめて言うならば、経験→経験→経験と学び続けて、自分の思考の範疇から出ない意思決定しか出来ないのが愚者。経験→歴史→経験と一度離れてまた戻って自分の思考や行動を修正できるのが賢者、じゃね?
実は僕は、とっても『賢者』な時期がありました。色々なことを勉強している。原理原則にとても詳しい。膨大な知識を持っている。しかし結果は全く出ませんでした。それは、きちんとした経験、トライアンドエラーなどの試行錯誤を全くしていなかったからです。単に知っていただけだったからです。
コレではいかんと思い、ある時期から思考も行動も変えました。もともと『賢者』思考だったので、そこに行動を取り入れればあとは簡単でした。今では、何をどうこうすればどうなる程度のことは頭の中でシミュレーションできますし、それを意図的に引き出すことも出来るようになりました。
が、今だからこそ思います。あの頃の僕は、『賢者』などではなく、経験すらしようとしない、『King of 愚者』だったと。
ドラクエでもそうですが、『賢者』というのは、幾多の死線をくぐり抜けてきた『経験の猛者』のほんの一部が慣れる職業です。ただ歴史を知っているだけで、そこにたどり着けることはありません。実戦、実践、行動です。
まとめるなら、

King of 愚者は経験すらせず、超愚者は経験にすら学ばず、愚者は経験→経験→経験のラットレースを走り、賢者は経験→歴史→経験と自身の行動を前進させることができる

てな感じでしょうか。
んなことにようやく気づいた34歳。
もうすぐ四捨五入してアラフォーです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

よくブログにお腹が弱い話を書いてあるからといって、いつも僕がゲ◯ばかりしていると思ってる人は物事の一面に囚われ過ぎですが、残念ながらほぼ正解です。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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