ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

IZU TRAIL Journeyで人生初リタイヤした話 その5 #557

time 2015/03/20


 

IZU TRAIL Journey(72.5km、累積標高4408m)で初リタイヤ、完敗しました。敗軍の将が敗軍の将を語ります。

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第2エイド(仁科峠)の中心で絶望を叫ぶ

二本杉峠を越えてから、主催者の方曰くの『極上のトレイル』は、まさに『極悪のトレイル』にふさわしいものでした。平たく言うと、『10km以上全部ぐっちゃぐちゃ』。昨日の雨の影響からか多少のぬかるみは今までもありましたが、この二本杉峠から仁科峠への道は想像を絶していました。過去も雨のレースに出たことはありますが、ここまで酷いのは初めて。

僕の前に1000人以上が走った道は、1000人分の圧力を受けて変形していました。また、1000人が自分に走りやすいルートを走ったため、必然的に土が寄ります。結果として、表現としては分かりにくいですが、『両足の通る部分だけが凹んでいて、中央部分の土が異様に盛上がっている状態』になっていました。

冒頭の写真が近いイメージなのですが、これはウルトラトレイル馴れしている仙人が通ったときのもの。僕が通ったときは、さらに多くのランナーが踏み荒らしていった結果からか、歩くのすら困難な状態になっていました。一歩ごとに靴が土というか泥にハマり、脱げそうになります。登りではズルズルすべり、下りではちょっと体重移動を間違えるとすぐに転びます。

85kgのカラダは、この『極悪のトレイル』区間で、完全にやられました。時間はどんどんなくなってきます。計算上たっぷりあった時間は、自分の計算ミスにより圧倒的に少なくなりました。

 

まだ全ての希望を捨てるには早いと思われた頃、急に眠気が襲ってきます。どんどん眠くなります。どんどんどんどん眠くなります。睡眠時間はそんなに短くなかったはずなのに、恐ろしいほどの眠気が襲ってきます。登りでも眠い、下りでも眠い、平地はもっと眠い。

『長距離のレースでは、幻覚が見えることがある』と仙人に言われたことがあります。僕がレースで幻覚を見るのは、もっと先だと思っていました。ところがこの日、20〜30回も幻覚を見ることになります。

森の向こうに大きな建物が見えて、ああこれでトレイルが終わって拓けた道が走れる!と思ったら、建物はただの山でした。人が数人見えたと思ったら、それはただの木でした。建物と人は数十回見ました。全て幻でした。

人は劣勢な状態でも、ただ単に絶望するということはあまりありません。ただ今回のように、ほのかな希望を見せられた後にそれを否定されると、途端に心が折れます。数十回の幻覚を見た僕の精神は、残念なほど簡単に折れてしまいました。

ついに僕は、落ち葉の集まっているところにダイブしました。生まれて初めて、レースで倒れました。そしてそのまま寝てしまいました。あまりに眠く、我慢することができませんでした。同時に、このままこの眠気で次の関門にたどり着けても、夜を迎えたら間違いなく滑落するように思えました。

僕はこの瞬間、たとえたどり着けたとして、恐らくリタイヤするであろうことを決意しました。まぁ、神様はしっかり見ていて、こんな醜態を晒している僕に、関門に間に合うよう走らせてはくれなかったのですが。

 

記憶が正しければ、3回は寝たと思います。時間にして数分ずつだったでしょうか。それでも人に出逢わないほど、僕の周りは閑散としていました。どこでどう遅れをとったのか分かりませんが、僕の周りにランナーはほとんどいませんでした。

『集団の力』というのは、幼稚園でよく使われている言葉です。家だと全く言うことを聞かない子が、幼稚園でおともだちとお昼寝タイムに突入すると、途端に良い子になって寝てしまうというアレです。実はこれ、子供だけでなく大人にも活用できます。

『人に差をつけるためには、人と同じことをしない』とかなんとか巷では言われていますが、こういった耐久レースでは、むしろ『人と差をつけられないために、人と同じことをする』というのが、大事な戦略になってきます。『集団の力』を活用して、自身のペースを上げるためです。高校時代の僕は偏差値8を取るようなアホでしたが、周りが東大や医学部を当たり前と思うような環境だったため、ていよく勘違いして僕自身も母校に潜り込むことができました。

『集団の力』は大事です。しかし僕には、周りに完走を目指す集団がいませんでした。気づいたときには、もう誰も周りにいませんでした。集団の力を使わずに、個人の力だけで挽回するには、僕の力は未熟に過ぎました。誰も見ていないところで頑張るのは、とても素敵なことです。僕のような三下は、人の見ているところじゃないと頑張れません。その誰かがいなかったことで、走る気力も保つことができませんでした。

僕の時計は、関門時間である14:30を越えました。そして間もなく、15:00も越えました。

 

初めてまともな景色を見たのは、まもなく仁科峠に着くと思われる42km地点でした。

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救急車が来ています。誰か怪我をしてのだろうか?そんなことが起きてもおかしくないほど、『極悪のトレイル』は参加者の体力を奪っていたと思います。仮に関門に間に合ったとして、僕にはあと30kmを走る体力は残されていませんでした。

山の頂上であったおじさんは、『また来年おいでよー』と言ってくれました。僕が関門に間に合っていないことが事実であるということを告げる一言でした。

 

でも、でも。。。

悔しい。

ラスト2kmぐらい、自分に納得のいく走りをしよう。

そうして、ここから第2エイドまでは、この日ベストと思える走りをしました。なんだ!できるじゃん!もっと早くやれよ俺!!!

そして、第2エイドの仁科峠に着きました。スタートしてから9時間半。15:30という、想定していた関門の時間に、事実としては1時間ズレた関門の時間に、僕のレースは終わりました。人生初の関門切れリタイヤでした。

 

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まともに走ることも出来なかったカラダは冷えきっていました。このエイドにはうどんがあるはずでした。しかし・・・

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敗残兵が口に出来る兵糧は残されていませんでした。

どんどん片付けが進んでいきます。心がどんどん冷たくなっていきます。

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かろうじて残っていた水とバナナを補給しようとすると、『ちょっとちょっと』と連れていかれ、強制的にリタイヤ受付コーナーに連行。

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ショックでお腹が異様な形になっています。(たぶんウェアがヨレているだけと信じたい。)

 

敗残兵には現実はとても厳しく、このあと『すぐ来ますから!』と言われた敗残兵収容バスは1時間経っても来ません。ようやく乗れた頃には、頭痛がし始めるほどカラダが冷えきっていました。

呆然としながら、ゴール地点である修善寺を目指しました。僕はダメだったけれど、皆はきっとゴールしてくれるはず!!!

このときは悔しい気持ちはありましたが、『惜しい敗戦』ではなく、『太刀打ち出来なかった完敗』であることもわかっていました。それもそのはず、結果的には関門に1時間も間に合わなかったのです。しかもゴールならまだしも、半分強の関門に。

僕が本当の悔しさを味わうのは、もう少し後のことでした。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

 

 

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。