IZU TRAIL Journey(72.5km、累積標高4408m)で初リタイヤ、完敗しました。敗軍の将が敗軍の将を語ります。
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今回の敗因

人生初リタイヤとなったIZU TRAIL Journey、後学のために敗因分析をしておきたいと思います。それはズバリ、

『コレが敗因、と言えるものが一つもないことが敗因』

でした。怪我をしたわけでもなく、何か致命的なミスがあったわけでもなく(関門時間を1時間間違えるというミスはしましたが、実力的に無理だったので結果は変わらず)、敗因の決め手があったわけではありません。
そうではなく、全国大会で沢北や深津を擁する山王工業に、牧を擁する海南大附属が30点差をつけられたときのように、一手一手で常に上回られて一手一手が常に後手に回り、結果としてじわじわと、しかし確実で取り返しのつかない差がついてしまったものと思われます。
ただ、part of 敗因と言えるものは沢山ありました。一つ一つを振り返り、再発防止策を打たないことには、僕は前へ進めません。敗因分析、教訓、を記しておきます。
なお、現在の気持ちはコレ。『左手は添えるだけ』、『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』、『借りは即返す』、『ぼぼんっ』など、名言が多いスラムダンクですが、僕が一番好きな言葉はコレです。
 

はいあがろう

『負けたことがある』というのがいつか

大きな財産になる

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(Source:スラムダンク31巻)
 
 

終始余裕をぶっこいていた

冒頭の写真を見れば分かる通り、僕は今回正直言えば、終始余裕をぶっこいていました。過去にウルトラマラソンを2回完走、昨年8月にはアイアンマンですら完走しています。そして今回、距離は長いとはいえ72.5km。知らない距離じゃありません。結果、バスの中ではこのような姿勢で寝ていました。
真夏に冬の寒さを思い出すことが出来ないように、真冬に夏の暑さを思い出すことが出来ないように、人の記憶は移ろいやすいもの。いつの間にかあれほど入念に準備して完走してきた野辺山100km、柴又100km、アイアンマンのそれぞれが記憶の中で、『ギリギリ完走してきた』が単に『完走してきた』に、もっと言えば『余裕で完走してきた』に置き換わってしまっていました。
だから今回の72.5kmは大丈夫だろうと。過去のレースは、100%の力を出して完走したのではありません。200%の力を出しての完走でした。つまり、よくよく考えてみれば、ウルトラにしろアイアンマンにしろ、まだ余裕で完走できるほどの実力はなかったのです。てことは、今回のレースはきちんとした準備をして初めて100%の力の範囲で走れるかどうか、そういうギリギリなレースだったことが分かります。
ギリギリランナーは勝率100%のエリートランナーではありません。ギリギリらしく、もっと直前にジタバタすべきでした。コースマップを走り始めてから確認するようなどあほうに、神様は微笑むべくもありませんでした。泰然自若として良いのは、実力のある人だけ。実力のない人のそれは、ただただ無謀なだけです。
 
 

相性が徹底的に悪かった

僕はトレイルとの相性がよくありません。薄々感づいていたことですが、今回よーくそれが分かりました。こちらが渾身のグーを突きつけているのに、相手からはさらりとパーを出されているような、そんな感覚に何度も陥りました。こちらが考えに考え抜いたパーを出しても、脱力したチョキを出されているような。
85kgという体重は、平地ではそこまでのハンデはありません。(いや、あるけど)トライアスロンにおいては、ふくよかな方が浮力があり速いと言われていますし、バイクでは平地では風を切り、下りでは重力を最大限活用してスピードに乗ることができます。
しかしトレイルの場合、登りでは荷物と合わせて90kg近い重さを持ち上げる動作で一気に筋肉が疲弊し、下りでは体重の数倍とも言われる着地の衝撃を何度も何度も受けることで、あっという間に筋繊維がダメになります。
2014年8月のアイアンマンの1週間後に出場した42kmのトレイルでは、大体距離と累積標高が今回の半分ほどだったのですが、なんと9時間もかかってしまいました。このときは疲労でそうなっているのかなと思いましたが、今思えば相性は当時から悪かったようです。
 
 

1%を突き詰められなかった

世の中おいて大体のことは、『コレさえやっておけば大丈夫』という『コレ』だけで解決できるほど、簡単でも甘くもありません。早起きだけでもダメ、ブログだけでもダメ、走るだけでもダメ、仕事だけでもダメ。全部必要です。『仕事と私とどっちが大事なの?』の問いに対して、『仕事も君もお菓子もジバニャンもだよ。』と言える度量が求められます。
結局のところ、凡人は凡事の積み重ねによってしか、物事を成し遂げることはできません。それは1%でも勝率の高まる何かをすること、あるいは1%でも勝率が下がる何かをしないことによって、薄皮を重ねるように少しずつやっていくしかありません。ところが今回、その1%の追求を完全に怠ってしまいました。
代表例がこちら。
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めちゃくちゃ旨かったので忘れかけてましたが、やはり勝負の前日はミートローディングではなく、カーボローディングが基本です。仙人は警鐘を散々鳴らしてくれたのに、僕はことごとく無視をしてしまいました。しかも仙人が手をつけなかった生肉を、僕はばくばくと食べてしまいました。少なからず胃腸がダメージを受けて、レース中の栄養補給に影響が出ていたはずです。
この焼肉によって費消した時間も痛かったです。レース中に寝たのは初めてですが、この眠気の一端となったのは、焼肉によって入眠が1時間遅れたこと、そして食べてすぐ寝たことにより睡眠が浅くなっていたことだと思います。
1%の勝率の上下を、『たかが1%』としてしか見えないヤツに、未来はありません。1円を笑うヤツは1円に泣くのです。
 
 

戦略がなく、戦術だけだった

仕事でも囲碁でも、まずは大局観というものが大事です。一番美しい勝利とは、戦略で勝つ、すなわち『戦いを略する(=戦わずに勝つ)』ことです。ところが僕は、今回マップを見たのが前日に2分ほどと、当日にタイムの読み間違いをしたことを悟ってからでした。戦略の立てようなどありませんでした。
戦略がなかったため、戦術(=戦って勝つ)しかありませんでした。軍事の世界でも、戦略の失敗は戦術で補うことは難しいと言われています。めちゃめちゃマッチョなボディビルダーと、スリムなスポーツマンがケンカで勝負したら恐らく前者が勝ちますが、水泳で勝負したら後者が勝つのは間違いありません。多過ぎる筋肉は水の中では抵抗にしかなりません。勝負の土俵を僕は間違えていました。
戦略がなく戦術だけだとどういうことになるか?ありていな言葉で言えば、『行き当たりばったり』です。劣勢なときに一番いけないコールは、『もっと頑張れ!』です。どこをどうすれば状況が良くなるのか、から一番遠い言葉がコレです。この日の僕の脳指令部は、カラダに対して『もっと頑張れ!』、『もっと速く!』しか指令を出していませんでした。
 
 

自分の弱さをきちんと把握して、『大衆』にうまく流されるべきであった

忘れていましたが、そもそも僕はとても弱い人間です。周りの流れに逆らって何か自分を貫くということを、実はあまり出来ません。
だから周りが『アイアンマンやるぅ!ウルトラマラソンも走るぅ!』と盛上がっているときにそれに逆らうことができずに自分も参戦することになりました。反対に、周りのサラリーマンの大半が赤信号で渡っているのを見ると、うっかり自分も渡ってしまったりします。
良きにつけ悪きにつけ、あまり『周りはどうあれ自分は自分の信じる正しい道を行く』ということが、実際はあまりできていません。だからなるべく周りにはエネルギー量の高い人を置くようにしていますし、マイナス思考の人は極力近づけないようにしています。
が、今回はそれにものの見事に失敗しました。渋滞もあった序盤に出遅れたのが全てといえば全てなのですが、僕が9時間半のレース中に一緒に走ったのは、そのほとんどが『完走見込みの薄いランナー』でした。自分が遅いから当たり前なのですが、これは重大なミスでした。
苦しくてもツラくても、ギリギリでも完走までこぎつけられる人たちと一緒に走るべきだったと思います。人間というのはゲンキンなもので、周りの人が頑張ってると自分も頑張れるし、その反対もしかりです。滝を一人で逆流するシャケほど、僕にパワーはありません。
どんな『大衆』を自分の周りに置くかというのは、凡人諸氏にはパフォーマンスや自己成長の観点から、最重要な命題です。『売れてない人間とはしゃべるな』とは、僕がいつも弟子たちに言っている言葉。辛辣なようですが、人はその人の周りの基準に合わせたパフォーマンスしか出せません。一番接する時間の長い友達10人の平均年収があなたの年収です、のような話、聞いたことありますね。
 

部分点がもらえるのは、答案をちゃんと書いたヤツだけ

僕は自慢じゃないですが、中学受験補欠、大学受験も補欠です。唯一まともに受かったのは高校受験ですが、これは内部進学でゲタを履かせてもらっていたのでノーカウント。つまり、実際は補欠野郎です。てことはあと1点ぐらいで落ちてたわけ。
この1点をもぎとったのは、僕が答案を書きまくったからです。分からないなりに書くことで、最終的な答えが間違っていたとしても、第1コーナーもしくは第2コーナーぐらいまでの思考の軌跡は、多少なりとも合っている場合があります。
答えを導きだせないからといって途中で放棄するようなヤツに、採点官は部分点はくれません。てことはたぶん、合格もしません。合格と不合格は優等生以外のボンクラにとってはいつだって、1点勝負なのです。
ま、高校3年の2学期に全部書いたはずの数学で部分点が1点ももらえず0点だったことはありましたが。そのときの偏差値は20でしたが、そのあとに受けた得意の国語の試験で平均点を大きく上回ると思ったんですが、実際はその半分以下だったのですが、そのときの偏差値が8だったのですが、あまりショックは受けませんでした。
話を戻すと、出来てないなりに出来ることをやったヤツにしか、神さまは微笑まないということです。神さまだって忙しいから。
 
 

這い上がろう 『負けたことがある』というのが、いつか大きな財産になる

人間は根本的には怠惰な生き物です。現状維持が出来るなら、それに越したことはありません。が、同時に危機に瀕することで生き残るために変化をすることが出来る生き物でもあります。
しかしそれには条件があります。現在の延長戦上に未来はないと心の底から思い知って、そして具体的な手を打ち初めて、人は今までの自分とは違う自分になれる可能性を手にします。
それには、悟空がクリリンが殺されたことによってプッツンして超サイヤ人になったのというよりも、ベジータが自分の不甲斐なさに怒り心頭してプッツンして超サイヤ人になったときのような思考の変遷が必要です。今の自分に対して何よりも強い怒りを感じること。それが大事。
今回、4人(シーモも入れると5人)で出走して、完走出来なかったのは僕だけでした。彼らが72.5kmを走ったのに、僕が走れたのはたったの44kmでした。僕の周りにいたのは完走証を手にした人ばかりで、僕にはその1枚ペラの紙を手にする資格がありませんでした。
僕は、ようやく自分の現在地を知ることができました。2014年にサブ4を達成した自分も、制限時間2分前にウルトラマラソンを完走した自分も、前日に負傷しながらもアイアンマンを完走した自分も、2015年3月の今はいません。過去の自分がホントで今の自分がウソなのではなく、過去の自分はホントで、今の自分も大変残念ながらホントなのです。
仙人は言っていました。『完走出来なかったレースの方が、記憶に残るものです』
実は仙人ですら、2014年は2つのレースにおいてDNF(Did not finish)を経験しています。1つは全く歯が立たず、1つはナメてたからかあれよあれよというまに関門切れに遭ってしまったそう。
その仙人が万全を期して臨んだレースに、僕程度の走力のランナーが何も準備せずに挑んだことは、後から考えれば笑いぐさです。
でももう大丈夫。僕はきっちり自分が負けたことを認めました。
『完走できなかったことがある』というのが、いつかきっと大きな財産になると信じています。
来年、(当たればですが)リベンジします。痩せます。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 
 

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