ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

ある業界の総本山にお呼ばれしていったら見事にハメられた話 その2 #562

time 2015/03/25


 

囲碁界の総本山、日本棋院にエキストラでお呼ばれしたらVIP待遇のゲストに仕立て上げられててラッスンゴレライのように、『ちょちょちょーっとまって、お師さーん』と言いたくなった話の続きです。

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有識者会議のお題

誰がどれだけスゴいかも分からない化け物たちに囲まれながら、会議は始まりました。全員が僕とマッチの方を見て、アルカイックスマイルを浮かべながらペンを片手にこちらを見ています。

『囲碁界の未来を憂う有識者会議に、外部の有識者を招いて意見を交換する』というのが主旨だったらしいのですが、囲碁界有識者の皆様が呼んだのが『無識者』だったことが最大の間違いだったとは思ったのですが、せっかく機会をいただいたので最大限僕たちにできることをやろうと決意しました。

そしたらマッチが怒濤の勢いでしゃべり始めました。

 

『だいじょうぶ』

2回言ったら

だいじょうぶ

 

自分が不安になったとき、相手が不安そうなときに僕がよく思い出す言葉なのですが、そういえば師匠たちも

僕:『そ、そんな天才たちばっかり集まる会議で何話せばいいんですか?』

師匠:『だいじょうぶ!だいじょうぶ!座っててくれるだけでいいですから!』

僕:『囲碁界の問題点とかいって、弱いくせに生意気なこといったらボコられたりしませんか?』

師匠:『だいじょうぶ!だいじょうぶ!聞かれたことに応えていただけるだけでいいですから!』

と言ってました。だいじょうぶな気で参加することになって、実際のところ全然だいじょうぶじゃないことに気づいたのは、会議が始まってからでしたが。

 

『さぁ!囲碁や囲碁界について思うところを語ってください!』といきなりのフリがあって、それに浅はかに反応したマッチがガトリング砲のように話し始めたのですが、最初のベクトル合わせが肝心と、僕は勇気をもってマッチを遮断し、こう切り出しました。

『具体的に何を問題と捉えられてますか?』

自分が武器としてコレと思っているコンテンツが、相手の求めているものと異なるときに、悲劇は拡大する傾向にあります。また、相手の感じている問題点が、本当の問題点とはかけ離れている場合もあります。頭が痛いという患者さんがいても、本当の問題は頭じゃないところにある場合も、結構あるのです。僕はまずここを再確認しました。

主に有識者会議の方々が問題視しているのは、ズバリ『囲碁界が衰退しつつある、どげんかせないかん』ということでした。その原因は主に2つ。

1、囲碁人口のメインだった層が次々とペガサスとなって天に旅立たれているから
→これは何となく感覚として分かります。

 

面白かったのはこちら、

2、囲碁界の人はみんな『囲碁が好きすぎる』から

→囲碁が好きすぎるから、囲碁に触れたことがない人にまで『囲碁ってスゴいでしょう!?最高でしょう!?』と笑顔で詰め寄ってしまい、結果おかしな人だと思われる。また、囲碁が好きすぎるから、囲碁のような素晴らしいものは勝手に広まるはずだと思ってしまい、セールスだのマーケティングだのという発想にほとんどならない。囲碁が好きすぎて囲碁ビジネスが全く広まらなかった、というのは、好きこそものの上手なれの真逆をいく面白い視点でした。好きすぎてビジネスが下手なんですって。

 

過去に囲碁界が何もしていなかったわけではなく、様々な試みは当然してきたのですが、その対象は『少なくとも囲碁に興味のある人、少しは囲碁をやっている人』だったそうです。そうなると、囲碁に興味のある1割の人にはアクセスできるけれど、少し前の僕のような囲碁に興味のない9割の人には、相変わらずアクセス出来ないままです。

この層にどのようにアプローチすれば良いのか、その9割にいた僕やマッチがなぜ1割の側に来て、今『半年でアマ五段』などとこんなにのめりこむに至ったのか、そこの示唆を与えてくれ!、と、そういうことのようでした。そういう主旨だということは師匠は全く教えてくれませんでしたが。

僕とマッチは人生でも囲碁でも大先輩な方々に、言葉を選びつつも外部から見た囲碁界の不都合な真実や、突破口となる可能性のある思考法、マーケティング法、伝達の仕方、集客について、思うところを話しました。僕は息を吐いたりしながらゆったりした口調で。マッチはほとんど息を吸わずに空気中の酸素と二酸化炭素の貸借対照表を著しくアンバランスにさせながらガトリング砲のように。

中身の詳細はまたどこかのエントリで触れるとして(興味あれば要請下さい。書く気になったら書きます。)、大先輩な有識者の方々が(内心どう思ってるかは分かりませんが)興味深そうにメモを取りながら僕たち無識者の話を聞いてくれました。

 

ある業界を変えることが出来る人の3要素としてよく言われているのが、

1、ヨソ者

2、若者

3、バカ者

です。偶然にも僕とマッチは囲碁界から見たらヨソ者であり若者であり、そして知識のないバカ者であるという3拍子が、この日の会場で唯一揃っている人間でした。業界を変える力はないにしても、僕たちが持っている一般人の視点というのが、この有識者の方々に少なからぬ影響を与えることが出来たのは、ある意味必然だったのかもしれません。

僕たちが当たり前であると思っていたことは、少なくない部分において有識者の方々にとって当たり前ではなかったらしく、その点において自画自賛ながら時間をとっていただいた分の付加価値ぐらいはお返しできたのではないかと勝手に考えています。

師匠からの前フリは全くありませんでしたが。だいじょうぶだいじょうぶ言われてましたが。

 

 

『有識者』が気をつけるべき3つの視点

今回僕たちがお話をさせていただいたのは、『有識者』の方々です。しかもかなりヤバい化け物レベルの。

今回の皆様に限らず、人間誰しもが自分自身の得意分野に関しては『有識者』です。医者、税理士といった専門職の方はその道において『有識者』ですし、コンビニやマックの店員さんはそのチェーンオペレーションにおいて『有識者』ですし、専業主婦は家事や子育ての『有識者』、僕は保険や家計や相続の『有識者』です。

今回気づいたのは、『有識者』であることはある分野において突出した知識や経験を持つことの証明でもあるのですが、かたやそれなりにリスクでもあるなということ。どの分野であれ、『有識者』な人が気をつけるべき3つのポイントについて思うことを書いておきます。

1、『有識者(レベル99)』は、その分野以外では『無識者(レベル1)』

『有識者』の方のその分野における知見識見は、すさまじく広く深いもの。レベル99ぐらいあります。年がら年中その分野ばかり勉強し、経験しているのですから当たり前です。ところが、一歩その土俵を離れると、その他の分野に関しては有識者どころか『無識者』になります。残念ながらレベル1。専門分野において先生と呼ばれる人も、その他の分野においてはただの人です。まずこのことを知らねばなりません。僕の知り合いに、会計のプロかつ集団講義のプロがいるのですが、彼は『Nice to meet you』という中1レベルの挨拶が言えないぐらい英語がヘタです。

もう一つ重要なのは、『有識者』が有識な分野が他からどう見られているかという点に関して、完全に『無識者』であるということ。資本主義や民主主義を礼賛する欧米の人たち(あるいは僕たち日本人も)に、共産主義や独裁主義を信奉する人々の思考はほとんど理解できないのと同じように、囲碁が大好きな人たちに、囲碁に興味のない人たちの発想はほとんど分かりません。囲碁が大好きな人たちにとって、囲碁は何よりも素晴らしく尊い存在なのですが、大多数の人にとってはそうではありません。

 

 

2、『有識者』は能動的にプライドを捨てるべし

『有識者』はその能力の高さから専門分野において先生と呼ばれるほどのレベルに達していることが多いのですが、それゆえに危険であり、世間知らずや井の中の蛙になる可能性が、非有識者に比べて格段に高くなります。

ただの専門バカにならないためには、何をしなければいけないのでしょうか。少なくとも、同じ分野の『有識者』同士で話をすることではありません。むしろ今回のように、他業界の人やその業界の素人の話をこそ、真剣に聞く機会を持つ必要があります。そしてそのために最も大切なことは、能動的にプライドを捨てるということです。プライドを捨てないと、そもそも外部の意見、素人の意見を聞こうという気になりません。

その意味で、今回化け物じみた天才中の天才である囲碁界の『有識者』の方々が、僕たちのような『無識者』の意見をペンを片手にわざわざ数時間を割いて聞こうとされたのは、驚嘆に値します。なぜなら、僕たちごときの話なんぞ聞かずとも、この『有識者』の方々は業界において賞賛され、畏怖され、尊敬される存在であるからです。誰だって、浸かっている適温の温泉から出て、冬の寒空に身を晒そうとはしたくないもの。

『有識者』たる者ほど、能動的にプライドを捨てることが大事であると感じた日でした。

 

 

3、『有識者』が身につけるべきは、『無識者語』

保険料と保険金の違い、分かりますでしょうか。変換と転換の違い、分かりますでしょうか。前者2つの違いはなんとなく分かるけど、後者2つの違いはほとんど分からない、という方がほとんどだと思います。ちなみにこれらはすべて保険用語です。僕は年がら年中、保険に関する『無識者』の方を相手にしているので、こういった言葉遣いはほとんどしないように、ほとんど神経レベルで訓練されています。

しかしある分野の『有識者』の方は、それが全く意識出来ていないことも多かったりします。囲碁界でもそれがやはり散見されているようです。売り出されている書籍のほとんどでは、『囲碁をそれなりにやっている方』が対象となっています。『無識者』では全く意味の理解できない本にいくつも出逢いました。大切なポイントのいくつかは、なかなかのみこむことができませんでした。

そんな劣等生な僕に、師匠はこんな説明をしてくれました。

『これはドラゴンボールで言えば、フリーザ様が◯◯しているようなものです。』

『これは銀河英雄伝説で言えば、主人公のラインハルトが◯◯のように攻めたときな感じです。』

『これはチチの揉み方で言えば、縦から揉むか横から揉むか、どちらが正しいかということです。』

いずれも一発で頭に入りましたし、それまでに何度も間違えていたポイントを、二度と間違えなくなりました。仕事でいつも自分がやっていることではありましたが、『有識者こそ無識者語で話すべきである』ということを改めて強く感じた経験でした。

 

 

ちなみに今回の有識者会議に参加させていただいた感想ですが、

『囲碁はおもしろい』

ということ。これだけは間違いないようです。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。