ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

ギリギリ人生で活きてきたギリギリ力について #563

time 2015/03/26


 

ギリギリ感満載の僕の人生について思うところあり、少し書いておきます。

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羅王のギリギリ人生ダイジェスト

振り返ってみればなんとギリギリな人生だったのだろうと思いますが、ざっとこんなことが今までありました。

 

1、生まれるときに死にかけた
僕は生まれるときに逆子だったのですが、首にへその緒が絡まり、危うく窒息死するところだったそう。その影響で今こんなに頭が機能不全になっている可能性は否定できませんが、とにもかくにも無事、この世に生を受けることが出来ました。

 

2、中学受験は補欠合格だった
試験前日に自暴自棄になってファミコン(ドラクエⅤ)をやっていたのですが、おかんが『いい!カンボジアはココよ!ココ!アフリカじゃないわよ!?』と横で叫んでいたのを馬耳東風で聞き流していたら、次の日モロに出ました。このおかげで僕は母校に入学することが出来、そしてそのことは今でもおかんからネチネチと指摘されています。

 

3、大学受験も補欠合格だった
平均偏差値20前半、最盛期は偏差値8まで落ちた僕の学力でしたが、『塾の先生が4ヶ月猛勉強して東大に受かったらしい』という情報を聞きつけ、僕も4ヶ月前から東大に向けて頑張ることにしました。勿論自分の可能性に大いなる勘違いをしていただけなので落ちたのですが、東大しか受けないとダダをこねる僕に対し、『私立1学部受けたら1万円』と人参をぶら下げてきたおかん。結果的にこのオファーのおかげで、僕は母校に入学することができました。

 

4、大学のゼミの申込みがギリだった
3年時にゼミを選択することになり、全く興味のなかった僕は、『ココ受けてみたら?女の子が可愛いらしいよ?』と言ってくれたサークルの女の子の勧めで、母ゼミを受けました。時間を間違えていて、願書の制限時間10秒前ぐらい。結果、そこのゼミに合格となり、そのゼミにて一緒だった人と結婚することになりました。なお、風貌が悪かったせいか、最後まで当落線上で仕方なく合格させたと後で先輩から聞きました。

 

5、就活で死にかけ、奇跡的に受かった
僕はある会社で最終面接まで行きました。どうしても入りたかったので気合いを見せようと、そのとき進んでいた他の会社のプロセスを全て断り、最終面接でアピールしました。そして落ちました。全ての就活先を失い、そこから鬱になりました。そんなとき、当時珍しかったWebテストをやっている会社があり、頭が働かないので同じゼミのコに横に座ってもらい、一緒に受けてもらいました。そしたらそのテストに合格。そこから面接だなんだと進んで内定。なんとそこの会社は1984年にスタンフォード大学生が設立したのですが、ちょうど僕はその時期父親の留学でスタンフォード大学敷地内にいました。それをドヤ顔で言ったら受かりました。

 

6、9年間、ギリギリ入賞
僕は今の会社で『社長杯』なるものに、極めて幸運なことに入社以来9年間連続で入賞させていただいています。毎年ギリギリ、でもなぜか、そのギリギリのラインをいつも越えることが出来ています。縁に恵まれているから、運が良いからだと自分では思っています。毎年積み重ねていたら、いつのまにか次で『10年連続』の大台に乗ることになりました。入社時には想像もしていなかったことです。

 

8、危なく娘に会えなくなるところだった
娘はまだ卵だった頃、『心拍が聞こえませんからダメですね。お掃除しましょう。僕はプロだからダメなものはダメと分かるんです。』と医者に言われました。しかし泣きながら他の病院で確かめてみたら、なんと大丈夫でした。なんたるヤブ医者!殺意というのは、狂信者だけが抱くものではないと悟ったときでした。危なく娘と会うことが出来なかったかと思うと、背筋が寒くなります。今は焼き芋を食べる娘を横から食べるなんてことをしています。嫌がられていますが。

 

9、フルマラソンサブ4を3時間58分、59分、59分で達成
僕はいわゆる『サブ4ランナー』です。サブ4ランナーにも3時間30分〜3時間59分59秒まで色々あるのですが、2分前、1分前、1分前と過去に3回達成しています。大体1〜2回はOPPしていること、85kgの体重であることを考えると、まぁまぁかなと思っています。最近はカラダがおかしくなり5時間を越えちゃいましたが、必ずサブ3.5(3時間切り)を達成します。

 

10、ウルトラマラソンを制限時間2分前に完走
野辺山高原100kmウルトラマラソンで、制限時間14時間のところ、2分前にゴールしました。あとトイレ1回で完走が出来ていなかったという計算になります。レースのほとんどで予定タイムからビハインドしていて、最後の最後まで完走が危ぶまれたのですが、ラスト5時間ほどは神経がやられ、心が壊れました。あれだけ泣いたのは後にも先にもこのときだけでした。このレースで僕は『ウルトラマン』になりました。

 

11、アイアンマン前日に肩を痛め、痛み止め祭りでなんとか完走
アイアンマン(スイム3.8km、バイク180km、ラン42km)の前日に、朝シャンをしていたら肩に肉離れを起こし、そこから一切肩を動かすことも、泳ぐことも、バイクを漕ぐことも出来なくなりました。あまりの不条理な事件に泣きましたが、救急病院にいって痛み止めをしこたまもらい、中毒症状が出るほどぶち込みまくり、最終的にはなんとか完走しました。

 

振り返ってみると、ほんとギリギリですね。恐ろしいのは、それぞれのギリギリの勝負で全て敗れていたとするとどうなっていたかということです。

アイアンマンは肩を傷めて完走できず、ウルトラマラソンは14時間2分ぐらいでゴールして完走証を受けとれず、フルマラソンは4時間10秒とかで涙をのみ、今ある娘の写真8000枚は全て幻のものとなり、社長杯で表彰されることは一度もなく、最初の会社に受かることなく就職浪人とかになり、その前の大学受験で母校に入れず、その前の中学受験で母校に入れず、というかそもそも生まれてすらこられなかった・・・となるわけです。

恐ろしい!!!

先日人生初のリタイヤとなったIZU TRAIL Journeyのように圧敗、惨敗であれば諦めもつきます。でも、これらギリギリの勝負は、どれも本当にギリギリだったのであって、そこには神様のほんの気まぐれと、周りの方のほんのちょっとした助けと、僕のほんのちょっとの努力程度の差がありません。このギリギリの天秤のそれぞれが全て望まぬ方向にほんの少しだけ傾いただけで、今の僕は全くもって今の僕ではなくなっていたということ。

書いてて心から思いました。ギリギリの勝負に勝ってきて良かった。。。

 

 

 

大体でオーケーという風潮、それホント???

世の中はスピードの時代に突入しています。拙速は巧遅に勝り、巧遅は結局のところトライアンドエラーの数が少ないので、拙遅につながるなどと言われています。

特にネット企業はスピードを重視しており、アプリなどは最低限の機能さえ担保できればまずはリリースしてしまい、そこからユーザーの声を取り入れながら、PDCAをまわしていきます。徹底的に作り込むよりも、早い段階でユーザーの評価を受けた方が、結局のところ完成度の高いものができるというわけです。

個人の仕事レベルにおいても、100%を突き詰めて時間をかけるよりは、さくっと80%ぐらいまで仕上げた段階で上司の判断を仰ぎ、そこから詰めていった方が効率が良いとされています。

僕もこのあたりの考え方に関しては、100%同意しています。世の中の風潮的にも、

『大体でオーケー』

となってきているような気がしています。どこか完璧主義的で、それゆえに相対的な凋落を経験してきた日本経済の過去の在り方、幸福度が先進諸国に比して相対的に低い日本人の過去の生き方からすると、それは大体正しいように思えます。

 

でも、自分のギリギリ人生を振り返っていて思ったのが、忘れてはいけない

『世の中は結果が全て』

という厳然たる事実。過去のギリギリの勝負に全て負け越していたら、僕の今はありません。

プロセスは確かに一昔前に比べて『大体でオーケー』となってきたように思いますが、それはあくまでプロセスの話。結果まで『大体でオーケー』とは、実際のところなっていません。人間の根源的な価値に上も下もないとは思うものの、それでも社会の評価、会社の評価といった世俗的なものから、僕たちは切り離されて生きるわけにもいきません。そして社会や会社が求めるものとは、結局のところ『結果』です。

東大に1点差で落ちた人がいたとして、その人は恐らく『ほぼ東大』の能力を持っていると思います。でもその人を世間は東大卒と認めるでしょうか?毎日1分ずつ遅刻したら、『ほぼ始業時刻に間に合っている』にも関わらず、たぶんその人はいずれ降格されるかクビになりますよね?0.01秒差でオリンピック2大会連続金メダルの選手と、2大会連続銀メダルの選手がいたとしたら、『世界一』の前者は英雄となり、『実力的にほぼ世界一』の後者は歴史から忘れ去られる存在となるはずです。

プロセスが大事だなんだと言っている世の中でも、やはりなんだかんだと結果が全てなのは今も昔も変わりません。そして圧倒的な能力、実力を持たない僕は、望むと望まざるとに関わらず、残念ながら人生いつもギリギリです。だからこそ、ギリギリの勝負はこれからも大切にしていきたいと思います。

フルマラソンで『4時間8秒』でゴールしても、それは確かに『ほぼサブ4』の走力を持っていることと同義です。でも、それは決して、『サブ4ランナー』とは言えないのです。ここで『ほぼサブ4だからもういいだろう』といって次にいったら、また次のギリギリ勝負で、わずかながら負けることになります。それはきっと、どこかで大きな敗北につながります。

このギリギリにこだわれるかどうか。その練習というか、ギリギリ力を上げるために、僕は走っているのかもしれません。

囲碁の師匠にもよく言われます。

『羅王さん、相手に100目差でも、半目(差が1マス以下の勝ち)差でも、勝ちは勝ちです。その勝ちにつながる手を打って下さい。目的は、100目差をつけて勝つことではなく、勝つことです。』

***

 

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。