老若男女問わず、暇な人に起こる心理的な陥穽の例を最近いくつか耳にしました。皆さんの周りではどうでしょうか。若干毒のある記事ですので。
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他社のある友人の事例

こういっては何ですが、どの業界でも一定量の『やっかいなお客様』というのがいて、あることないことを言ったり、不必要に騒ぎを大きくして訴えるだの出るとこ出るだのとを、販売側の過失のない場合にも積極的に仕掛けてくる方がいます。
ビジネス界だけではなくて、教育界にはモンスターペアレンツ、医療界にはモンスターペイシャントなどもいたりしますし、友人の会社のおエラいさんは、ちょっと効率の悪いタクシーの運転手さんに対して、『こっちだっつってんだろオラァ!』と椅子に蹴りをくれたそうです。モンスターライダーですね。こういった『お客様は神様』という言葉を勘違いしているような輩は、僕は『お客様ではない』と一線を引くべきだと思っています。
ところで、僕たちの仕事は業界的に少しセンシティブなところがあり、モノがモノだけに犯罪防止のために色々な決まりがあったり、こちらが大変失礼ながらお客様の質を判断しないといけないというようなことも、往々にして起きたりします。僕はお客様に恵まれているので過去にこういったことはなかったのですが、他社の友人がちょいとモメたそうです。行き違いはあったものの彼に過失はなかったのですが、何件か連続して。
ケースは様々で、理由も様々だったそうですが、なんでこんなに連続するんだろうと思って、せめて再発防止のために最大公約数を求めようと思って属性を調べたところ、全員が、
『時間のある人』
だったそうです。ある方は9時5時勤務の自宅住まいの40代独身女性、ある方は年金暮らしで特に趣味なし、ある方は色々な条件を推測するに引きこもり。
彼は以後、こういった属性の方との面談を、自分から求めることはしなくなったそうです。
 
 

ある子育て世代のお客様の事例

賛否両論あると思いますし、必ずしもそうとは言い切れない面があるのは重々承知していますが、たぶんそうなんだろうなという事例をば。あるお客様が通う幼稚園では、『派閥争い』があるそうです。◯◯ちゃんのママとは気が合う、◯◯ちゃんのママは嫌。そんなこんなで先生方も気を使ってしまい、クラス編成が左右されるというわけですから、今も昔も女子の世界というのは怖いなと、男の子としては思います。
ただ、派閥争いをしているママには共通点があって、全員が
『専業主婦』
だったそうな。
比較的裕福な土地柄のため、子供を幼稚園に行かせたあとは、大体がおしゃべりと噂話。子供が幼稚園から帰ってきたら、習い事の施設のカフェで終わるまでおしゃべりと噂話。こうしたサイクルが毎日毎週繰り返されていくなかで、派閥が出来たりその派閥同士の気が合う合わないという話になるのは、至って自然なように思います。
勿論、こういった争いが不毛な事であり、建設的にコミュニティをつくっていこうとする懸命な方も勿論いるのですが、数として残念ながら多数派を占めることはないようです。集団の煽動の中で中立を保つことは、簡単ではありません。
ちなみに、共働き家庭の場合、ママさん方は結構殺気立っています。子供を幼稚園に預け次第、すぐに出社。夕方はタイムカードを押すと同時に退社し、迎えにいってそのままご飯と風呂と就寝の準備。時間が極めてないママさん方の思考は自然、合理的にならざるを得ず、ママ同士で助けあったり預けあったりはしょっちゅうあるものの、派閥を作ったり人の悪口を言う暇もないそうです。
『それどころではない』んだとか。殺気立ってるがゆえにケンカも派閥も御法度になるんです。
※専業主婦が×、共働きが◯、というつもりはありません。一長一短でしょうから。ただ、この問題に限り言及するのであれば、僕の指摘は間違っていないと思われます。
 

イスラム国とかアルカイダとかの事例

日本人人質事件から数ヶ月が経って、めっきりくだらないニュースが画面を賑わせるようになってしまいましたが、依然世界はイスラム国にガクブルしています。アルカイダと比較した場合にイスラム国はなおのことやっかいで、今のところ国対国の争いに馴れた先進諸国において、こういった一定の支配地域を持ちながら地域分散的に勢力を拡大していくテロ組織との効率的合理的な戦い方というのは未だ編み出されていません。
どこまでいってももぐら叩きになっていて、地中に潜むもぐらを叩いたり、そもそももぐらが生育できないような環境を世界中くまなく張り巡らせるということは、資本主義の本質的にとても難しいのが現状です。
さて、世界のどの地域のどんな人種の人から見ても、『どうしてそういうことをするの?』と蛇蝎のごとく忌み嫌われいる彼らですが、イスラム国は残念ながら勢力を伸長させています。世界中からあの残虐だけれど秀逸なプロパガンダに賛同する人間が集まり続けているからです。
で、イスラム国を構成する人たち、あるいはそこに参集する人たちの共通点ですが、基本的には彼らは
『まともな仕事をしていないゴロツキ』
です。自分が報われない現状を、イスラム国の提供する破壊衝動に従って変えようとする、なんとも非合理的な、しかし当人たちにとっては至極合理的な判断をした人たちなのです。たしかに社会情勢的に、彼らが一般市民よりも何からの形で仕事や生活待遇に恵まれなかったことは一定の同情の余地があります。そこは弱者を守る仕組みとして正していかないといけない。
でも結局属性でくくるとなれば、そういう類いの人が多くイスラム国に参集していることは、否定出来ない事実であると思います。
 
 

『暇な人』の末路は、意味のない他者否定

たまにソファに寝転んでゴロゴロしながらテレビを見ていると、色々なニュースが流れ込んできます。このとき、例えば芸能人に関するおめでたいニュース(結婚とか出産とか)と、おめでたくないニュース (離婚とか訴訟とか)のどちらが気になるかと言えば、性格の問題もあるかもしれませんが悲しいことに断然後者です。
テレビは受動のメディアであり、能動的に見て情報をとりにいくのでなければ、どうしてもソファに寝転んでゴロゴロしている僕の頭に入ってくるのはネガティブな情報に限定されます。
僕の会社では全社員の成績状況を一覧で見ることが出来るのですが、僕がついついそれを見てしまうときというのは、往々にしてアポがなく暇なときです。見たって見なくたって何も変わるわけではないのですが、超トップセールスの化け物な先輩たちの数字を見て、少なからぬ嫉妬の気持ちを覚えたりするのは非効率だと分かりつつも、たまにやってしまいます。
以上のような僕の事例、そして上記3つの事例に見えるように、どうやら『忙しい』と『暇』でいえば、余裕のあるはずの『暇』の方が、精神的な健全性においてネガティブであり、人間的な成熟度で劣後し、モラルの欠落度において大きくリードするということが起きてしまうようです。
別にその人の属性とかそういうのではなく、どうも人間とはそもそもそのように出来ているように思えます。心に空いた隙間は、ポジティブな情報よりネガティブな情報によって埋められることの方が質、量ともに確率として高い、ということです。
よく言われるメンタルヘルス的に、どう自分を忙しくさせるかというのが結構大事になってきているということなのでしょう。暇な人は意味のない他者否定ばかりして、結局は自分が一番不幸になっているということに最後まで気づけない、まさにそのことこそ、一番不幸なことなのだと思います。
他者否定が単なる噂話や派閥争い程度ならまだ良いのですが、行き着く先はテロだと思うと、そういう方面に傾こうとする自分を全力で阻止しようとすることは、極めて肝要に思えます。
ああ、忙しい忙しい・・・
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 
 

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