5歳児と話していて面白いなと感じる瞬間がありまして。毎度毎度勉強になります。
 
why-234596_1280

 

ある日の『トヨタ社員』との会話

こういう会話がある日ありまして。
僕:『おもちゃ片付けて』
5歳児:『なんで?』
僕:『おもちゃ片付けないと散らかっちゃうでしょ?』
5歳児:『なんでちらかってたらいけないの?』
僕:『なんでって、散らかってたらかっこ悪いじゃん』
5歳児:『なんでかっこわるいのがいけないことなの?』
僕:『だって、片付けないと鬼がくるよ?』
5歳児:『なんで?おにってパパでしょ?』
僕:『パパじゃないよ、似てるかもだけどぜんぜん違うよ。』
5歳児:『なんで?こないだのサンタさんだってパパだったじゃん。にてるとかじゃなくてパパだったじゃん。しってるよ?だってパパ、きんにくもりもりのほうじゃなくて、そのよこのぽよよんてしたおじさんににてるじゃん。(ライザップのチラシのことらしい)』
 
かのトヨタでは『なぜ?』を5回繰り返す、その名も『5why』が末端まで含めた全社員の共通認識になっており、当然と思えるものでもwhyを突き詰めていって、カイゼンを図っているそうな。大体の人はwhy自体を発さないか、発したとして1回や2回で満足してしまうことを考えれば、この『5why』というのは狂信的であるとすら思えるのですが、翻ってそれこそがトヨタの強さなのでしょう。
これを組織全体のDNAに出来ている企業というのはなかなかありません。僕が今まで接してきた企業の中でも、トヨタがやはりダントツです。まぁ、彼らを顧客として担当する分には、この『5why』がこれ以上ないぐらい煩わしいというのはトヨタ向けビジネスをしている人の共通見解だとは思いますが。
トヨタは日本全体から厳選された傑物が集結する会社ですが、実は皆さんのご家庭にも、この『5why』をDNAレベルで組み込まれた優秀な存在がいるかと思います。そう、子供です。『なんでおかしをかってくれないの?』といった自然欲求的な可愛らしい質問から、『なんで赤ちゃんは生まれてくるの?』といった少し返答に困りそうな質問まで、毎日毎日瑣末なことも人生の本質に関わることも、見事なまでに質問責めにしてくれます。
やはり『why』を突き詰めることは、人類発展の歴史に必要不可欠な要素であったように思いますし、それを子供の時だけでなく大人になってからも持ち続けていられる人が、世の中を変える発見をしたり発明をしたりしてきたのでしょう。
 
 

次の日の『トヨタ社員』との会話

本物のトヨタ社員であれば、whyを突き詰めていって、これ以上ないぐらい細分化した問題の一つ一つを、過去の経験と照らし合わせてカイゼンしていくのでしょう。
ところがうちの『トヨタ社員』と上記会話を交わした次の日の会話は、以下のようなものでした。
5歳児:『パパ、おへやかたづけないとかっこわるいんだよー。』
5歳児:『ちゃんとしないとおににさらわれちゃうよ。パパよりぜんぜんつよいからねー。』
5歳児:『あのとききたサンタさんはパパじゃなくてパパのおともだちなんだよ、しらないの?おかおがにてるだけだよ。(幼稚園の友達に向かって)』
 
・・・むぅ、昨日まで『なんでなんでなんでなんでなんで?』と言っていたことについて、いつの間にかそれが当然というふうにして話している。これ見よがしに。一点の曇りもなく。
これが幼児の強さなんだと思いましたね、ぶっちゃけ。前言撤回は当たり前、朝令暮改も当たり前。こうして恐ろしい早さで成長していくんだと思い知らされた次第です。
 
 

大人の成長に必要なのは、『why思考』ではない

大人になってから、というか昨年11月から始めた囲碁で、6月までにアマ五段を目指しています。その過程で日本トップアマの方に習っているのですが、常人には理解出来ない思考の質と量と幅をお持ちのため、その軌跡を理解出来ない僕はことあるごとに質問をします。
『ここはどうしてこういう手なのですか?』、『ここはどうしてこっちじゃダメなんですか?』、『こっちの方が良いかなと思ったんですけどなんで先生はこっちにしたんですか?』
勿論、先生は事細かに、僕が理解できることから気絶しそうになるレベルの話までしてくださいます。ふむふむ、なるほど、そこはそういう理由でそういう手を選ぶのね。
ところが、トヨタ社員よろしく5つほどwhyを重ねたときに、先生がふと言いました。
『確かに大人なので理由を論理的に突き詰めていくことは大事です。でも、あるところから先は理由を探していたらそれ以上強くなれませんよ。一回理由から離れましょう、羅王さん。ていうか・・・』

『そういうもんだっつってんだろゴルァ!!!』

怒られてしまいました。
 
確かに、大人である以上自分のやっていることに理由を見つけたり、論理的な正しさを求めるのは自然なことです。これは知りたいだけで質問を発しまくる子供には出来ない芸当で、これこそ大人を大人たらしめている要因であると思います。
でも、5歳児が質問責めから一転、以前疑問に思っていたことを『そういうもんだ』とあっさり切り替えてそこから前進を始めたのと同様に、どこかの時点で物事を『そういうもんだ』と割り切ったり受け止める作業というのは、大人にも同様に必要です。というか、子供のように単純極まりない二元論の世界ではなく、矛盾溢れる世界に生きる大人にこそ、そういう姿勢はとても大切なように思えます。
いくらロジカルシンキングだの問題を掘り下げろだのと言っても、
『なんで会社のお花見に終業後に参加しないといけないのですか?残業代は出るのでしょうか?』とか、『なぜ会社の昼休みは13時までなのに12時55分までに着席しないといけないのでしょうか?』などという輩はぶっ飛ばされて終わりでしょう。変なところで抵抗するよりも、『そういうもんだ』と思った方が無駄な諍いを経験せずに済みます。やっかいな思考を持つ新入社員ほど無駄なコストはありません。
『成功者は早起きだというけれど、彼らと私とは置かれている環境も自由裁量権もましてや実力も違います。その習慣をそのまま真似ることに意味はあるのでしょうか?』というヤツは、とにかく一度軍隊に入れて、早寝早起きを叩き込まれればいいと思います。『そういうもんだ』と素直に受けとって素直に身につけた方が良い習慣やスキルというのは、この世の中に山ほどあります。
確かに何も考えないで唯々諾々と言われたことだけをやる人間というのは、これから淘汰されていくことでしょう。しかし、whyを考えすぎて動けない人間というのも考えものです。自分を頭よく見せたいからか、この『5why』を繰り返してる人も結構多く見るのですが、それを専業とする人以外はほどほどにしておいた方が良いでしょう。一定ラインを越えると、そこに理由や論理性なんぞ存在しない場合が大半です。
大人に必要なのは適度な『why』を求めるのと、あともう一つは『そういうもんだ』と割り切って、むしろ積極的に受容し習得していくことではないかと思います。問題は、答えが世の中にないのではなく、それを受け入れようとしない自分の態度にあることがほとんどですから。
5歳児のあっさり過ぎる変遷を見習おうと思った出来事でありました。
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事