ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

モノを習うときはトッププロじゃない人に習おう #584

time 2015/04/16


 

囲碁が佳境です。あと3ヶ月ほどでド素人から五段にならないといけないので必死です。囲碁のメリットについてはこちらに書きましたので、ご参照の程。

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毎週の囲碁トレはこんな感じ

2014年11月にド素人として始まった囲碁のキャリア、今は毎週師匠に習っています。『ヒカルの碁』に出てきた『院生』というプロ予備軍だった25歳のヤングなコンビで、お一方は実力的に日本ナンバーワンのトップアマ、もう一方は囲碁を一般人に分かりやすいように言語化抽象化させたら日本ナンバーワンのトップアマです。

大体トレーニングはこんな感じです。

▼1日30分〜1時間程度の時間を使って布石(石並べ)、詰め碁(石の生き死に)、手筋や定石(それっぽいワザ)を本などで予習復習

▼週1回師匠方に直接指導を受ける。ほとんどの場合、ギタギタにされるが、一応猿をおだてて木に登らせてくれる。その後たたき落とされる。

▼その他ネット上で様々な人と早朝5時とかに対局し、そのレビューをしていただく。

文字にするとシンプルですが、やってることはこんな感じです。漏れや抜けはあるものの、大体今は1級から初段ぐらいの力になったと言っていただいています。

ド素人ゆえにあまり経験者が聞かないような質問も、師匠方は全部答えてくれます。囲碁は石の置き方に一つ一つ意味があり、19×19の路盤の全てが、その意味ある一手の積み重ねで出来ています。頭の悪い僕は大体もう途中で頭から煙が出ています。なんでこの人たちこんなに先が見えんの?と驚嘆してばかりです。

二人は囲碁界において実力的にトップなわけではありません。片方は最後の最後でプロになれず、そしてもう片方はその手前でプロになることを諦めました。ただ、自分のカラダで囲碁の人体実験をするに鑑み、恐らく現時点で日本で最も囲碁を教えるのが上手い二人なのではないかと思います。

それは、彼らが『トッププロ』ではなく、『トップアマ』だからです。

 

 

モノを習うなら、トッププロではなくトップアマに!!!

テニスにはテニスコーチがいて、ゴルフにもゴルフコーチがいて、囲碁にもやはり囲碁のコーチというものがあります。(囲碁だけは『先生』といった方がしっくりきます。)

人にモノを教えるときに資格が要らないことを思えば、下図のようにコーチというのは玉石混淆です。コーチは大きく分けると、3カテゴリに分かれます。

①神:いわゆるトッププロ。サッカーで言えばメッシやクリスティアーノロナウドがサッカーを教えるようなもの。

②トップアマ:自身も業界のかなり上の方でプレーしていて、かつ教えることを仕事にしていることが多いため上手に教える。

③民コーチ:どこにでもいる、自称『コーチ』

 

 

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皆さんが何かしらのスポーツ、趣味に関してド素人から始めて『初段』を目指すとしたら、誰に習いたいでしょうか?

『初段』というのは、一応その世界ではトップ1%程度に入る黒帯であり、しかしそれを生業とする人のなかでは『まだまだ甘いね』と言われるぐらいのレベル。やってない人から見てもやってる人から見ても一応の橋頭堡は築いていて、しかしまだ進化の余地を残している感じです。

この『初段』以上に上達しようとすると、何かを犠牲にしないと難しい場合が多いです。そういう意味では『初段』というのは、投入する労力と具現化する成果のバランスがもっともコスパ的にもモテパ的にも良いということが言えると思います。

 

話を戻して、誰に習いますでしょうか?③に習うのはあまりよくないというのはなんとなく想像できるでしょう。じゃあ①か?というと、僕はそれは微妙だと思っています。なぜなら、①の人というのはまさにその業界の神であり、彼らのほとんどは一般人に分からない言葉をしゃべるからです。

キャプテン翼くんに、『サッカー上達の秘訣はなんですか?』と聞いてみてください。たぶん帰ってくる答えは、『ボールとともだちになることさ!』とさわやかに帰ってくることでしょう。そしてそのアドバイスを真に受けたあなたのサッカーの実力は、決して伸びることはないでしょう。ボールとともだちになるのは、もっともっとうまくなったそのずーーっと先の話です。

囲碁界でも興味深いことに、強い人になればなるほど、『なんでその手を打ったんですか?』と聞かれても、『いや、なんとなく・・・』となってしまいます。当然他人には理解できないし、その人と同じ手を打とうとしても再現性が担保されないわけです。

なぜこういうことが起きるかというと、本当のトッププロというのは、ほとんどの場合感覚のみで動いているからです。膨大な練習量と、そして稀有な才能とが融合し、他の誰もが到達できない高みに登ってしまった人というのは、他の人が理解できるような話を出来ません。僕自身、業界でそういう感じの人がいるので、『どうやったら◯◯さんみたいになれますか?』と目を輝かせながら聞いたら一言、

『自分のなりたい自分になることだよ』

と言われて、そのあと何も言えなくなりました。トッププロというのはこういう性癖があります。

 

一方でトップアマというのは、多くの場合トッププロを分析して、どうしたら彼らと同じ球が投げられたり、同じスイングが出来たり、同じ石の打ち方が出来るかを因数分解しています。トッププロの感覚を論理化、言語化することが上手、とでも言いましょうか。勿論それゆえに最後は感覚の境地へたどり着けずに、トッププロには及ばないことが多いのですが、ことド素人にモノを教えるということに限っては、彼らほど本業での実力が保証されていて、かつ分かりやすく教えられる存在はいないのではないかと思います。

テニスにしろゴルフにしろ囲碁にしろ最後は感覚で、それを手に入れるためには膨大な練習が必要です。しかしド素人にそれを求めるのは不可能です。ただ何事も、入り口の店構えが入りやすくないと、取り組むことさえありません。その意味では、トップアマの人たちというのは、この店構えを魅力的にすることに長けています。

美味しそうな店構えにしたり、店内には実際にロブションやエルブジのような超一流レストランの味を素人にも近似値で再現できるように、スーパーで買いそろえるべきものを教えてくれたりします。また、料理をつくるモチベーションがいつも一定ではないド素人を、あの手この手でノセて料理が上達するように適度に手綱をさばくことも得意です。

トップアマというのは、これだけの能力を兼ね備えています。だから習うべきはトップアマ。

もし僕が囲碁を業界のトッププロに習ったとしたら、たぶんこんなやり取りになってるんじゃないかと。

僕:『ココではこう打つべきだと思ったんですが、どうして先生はこう打たれた方が良いとお考えなんですか?』

師匠:『それはね、石の声を聞けばおのずとこっちが良いと分かるからだよ。』

トッププロは、ある意味自分の世界だけに生きています。他の人には理解できません。一方で世間との最大公約数を探すことに長けたトップアマに習うことで、階段を一つ一つ登りながら、段階を追って目的地までたどり着けるという確信が、最近出てきました。

冒頭の写真は何を示しているかというと、特に意味はないんですが、たぶん子供に算数なり国語なりを教えるのはその子の親が適当であって、スティーブンホーキング博士に習わせるのはちょっとアレなんだろうなと。教えること自体はそんなに上手でなくても、我が子のことについてはみんな業界トップレベルでしょうから。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

Introduction(初めましての方用)

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。