老害の定義について考えてみます。先日キングカズに関するエントリを書いていて、大ヒットドラマ『マザーゲーム』を見ていて、思いついたこと。
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一般的な『老害』の定義

統計によると、全国民の個人資産のうち、人口の4分の1に過ぎない高齢者(65歳以上)が、全個人資産のうちの6割を占めているというデータがあります。国はこの高齢者に過度に傾斜した資産を分配するため、相続税を強化したり、反対に贈与税を緩和して若い世代にお金を移動させようとしています。
ところが、こういったお金の面だけ流れをよくしようとしても、テコでも動かないほど固定されたものがあります。それが『権威』や『権力』です。特に日本はこの面で重症で、例えば税理士の平均年齢はいまだ70歳付近だったりしますし、一部上場企業の経営者で60歳というのはまだ若造と呼ばれたりしています。
一部IT企業やベンチャーなどでは若い力が台頭しつつあるものの、ほとんどの企業ではまだ50代でようやく部長、取締役になる頃には還暦目前となっています。政治の世界はいわんやをや。個人的に応援したいと思っているおときた駿さんのブログでは、なんと61歳で『若手候補』、70歳や80歳の現役議員もいるそうです。
これまでの日本を支えてきた方々への感謝はあれこそすれ、恨み等は毛頭ありません。しかしながら、国の活力、企業の活力というのはいつだって若い力が支えているのであり、事実として高齢者のそれではありません。感謝と依存は違います。貢献してきたこととしがみつくことは違います。
そのときどきで最もパワフルに動ける人間達が、その他の世代の分も頑張って付加価値を生み出すことで、社会は回っているのではないでしょうか。
ということで少し『老害』というものについて考える機会が何度かあったのですが、僕が勝手に認識していた老害の定義というのは、以下のような状態のことです。
・耄碌したじいさんが実権を握ったまま、全く時代に合っていない指示を飛ばしまくって現場を混乱させる。
・同時代を生きた、昔の価値観に縛られたままの当時の参謀達を次代の経営者の足かせにしたまま放置すること。
・周りをYesマンばかりで固め、健全な否定をしてくる人間を遠ざけたり馘首したりすること。結果間違っている舵の方向を誰も修正出来なくなること。
ドラマでよくあるような経営者の設定ですが、少なからず僕自身がこういった事例を目にしたことがあります。あるい耳にしたこともあります。こういう感じであれば、『老害』というのはイメージしやすいかもしれませんね。
 
 

真・『老害』の定義

ところが最近、いくつかの出来事が重なって『老害』というのは、上記のように分かりやすい事例ばかりじゃないからなくならないんだろうなと思うようになりました。むしろ、老害は老害と認識されないから老害なんだろうなと。
典型的だったのは、大塚家具のケースです。詳細はネットの説明に譲りますが、まさに新旧経営者がお互いノーガードで殴りあった世代間抗争でした。市場が勝者と判断したのは、娘の久美子社長。結局彼女は創業者であり実の父親である勝久会長から実権をもぎ取ることに成功しました。まぁこのあとどう転ぶかは分かりませんけども。
大塚家具の事例一つでは、どちらが正しく、どちらが間違っているのかは、まだ分かりません。恐らくこれからしばらくはそれが分かることもないでしょう。分かるとしたら、世代がもう一つ変わる20年か30年後、歴史が評価するのを待つしかありません。あくまで現時点で市場が久美子社長の方針を支持したというだけの話です。
ただ、僕は思ったんです。
『これぞ老害だな』と。
断っておきたいのは、僕自身の個人的な感想を言わせてもらえれば、方針としては勝久会長の路線に賛成です。ニトリやIKEAと同じ大衆路線で大塚家具が勝負をしたら、ゴディバチョコがM&Mと勝負をするようなもので、せっかくここまで積み上げてきたブランド価値は値に堕ちます。数を捌けず単価に依存する高級品モデルというのは、廉価品と数を競ってはやっていけません。
会員制という、顧客数を集めにくいモデルに多少の修正は必要にしても、勝久会長の方針そのものが間違っているとは、僕にはどうしても思えませんでした。
ただ今回感じたのは、耄碌してなくても、ご乱心してなくても、『老害』と認定されるケースというのはあるのだなということでした。
勝久会長は創業者であり、長く大塚家具を率いてきたまさに絶対君主でした。業界の酸いも甘いも知り尽くした存在であり、勝久会長の方針に従っていけば、多少の修正を余儀なくされるにしても、大塚家具がまた一段上のステージに上がれたのかもしれません。あくまで個人的にですが、たぶん、勝久会長は正しいのです。
が、正しいがゆえに次期経営者である久美子社長との間に意見の対立が生じ、参考意見ではなく真っ向からの対決となり、それに伴い一部の株主や従業員が現経営陣と敵対する形となり、それがひいてはあのお家騒動にまで発展しました。
明らかに間違っているがゆえに、ではなく、明らかに正しいがゆえに起こったのが今回の争いでした。
・いつまでも『正しく』、いつまでも権限を持ち、いつまでも最終決定権を持つこと。
・70歳、80歳、90歳になっても実権を握り続けることで、後継者も歳を取ってしまい、事業承継が全く成り立たなくなること。
・スーパースターゆえに全社員が妄信してしまい、結果として人が育たなくなること。
・そのような状態で自分がいなくなることで、船長を失った船だけが残るということを想像出来ていないこと。
・子供が大人になっても子供として扱うため、子供はカラダだけ大人になって思考が伴わず中身が全く成長出来ないこと。
大塚家具に限らず、『老害』というのは、明らかに間違ったことを言う人から発生するものもある一方で、明らかに正しい人がその地位や権力にしがみつき続けることで、後進育成が出来ないというその一点のみから見ても膨大なる害を及ぼしているんだと感じた次第。
その点、65歳?で経営者をやめることを宣言しており、既に後進育成に入っている孫さんはとてもエラいと思います。ああいう絶頂の状態でそういうことに意識を向けられるっていうのは、本当に素晴らしい。
そう考えると、上場企業に役員や社長の定年制があるのは良いことなんだと思います。当たり前の制度だと思ってたけど、改めて見直しました。
やってること、考えてることは害じゃないのに、その力ゆえに害になってしまうとしたら、ハンパな力なんてない方がいいのかも、とちょっと思っちゃったりしますね。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 
 

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