ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

『敢え手間』のススメ #597

time 2015/04/29


 

とあるスーパーでの話。マジか!と思った面白い光景を見たので少し考察してみたいと思います。

IMG_0547

 

ある日の買い物の光景

この日、僕はたまたま寄ったスーパーでおやつ少々(ダイエット休止期間のため)と炭酸水(ダイエットのため)を買いました。スーパーらしからぬ軽いノリでレジに並ぼうとすると、目の前には行列が。だいぶ時間がかかりそうだったので他を見たら、どこも同じように3〜4人並んでいました。

仕方なくある列に並びました。ところがよく見ると、上記の写真のように、1つだけぽっかり誰も並んでいないレジがありました。レジ閉じてるのかな?と思ったら、そうではなく、開いてはいるみたい。ラッキーなことに並ばずにお会計をしてもらうことができました。

僕が会計し終わったあとも、僕の後ろに誰かが並んだ形跡はありません。なんでわざわざ混んでるレジに?なんでだろう?なんでだろう?と思っていたら、やっと理由が分かりました。そのレジには、こう書いてありました。

こちらのレジは、袋詰めを省略させていただいております

マジか?袋詰めのために並んでるのか!?お会計さっさとして自分で袋詰めした方が圧倒的に早いのに、係の人に袋詰めしてもらうためにわざわざ時間かけて並んでるのか!?

係の人が家まで運んでくれるとか、そういうVIPなサービスがあるならまだ話は別ですが、今までの僕にはそういう発想が全くなかったため、新鮮な驚きがありました。マジびっくり。世の中には、『時間でお金を買う人』や、『お金で時間を買う人』がいるのは知ってましたが、『自分で袋詰めする時間を、その数倍の時間をかけて並ぶことで買う人』がいるのは、初めて知りました。

それ、意味あんの?と思っちゃった。

 

『敢え手間』のススメ

ここまで自分の手間を減らすことに執着する人がいたというのは、僕からすると結構な驚きでした。確かに人類のココ数百年の歴史というのは、基本的にどう人間の手間を省くこととコストの見合いをとるかといったことがテーマになっています。

洗濯機が出来たので、一日数時間の洗濯から主婦が解放されました。

テレビがあるから、遠くの物事を一瞬にして知ることが出来るようになりました。

メールがあるから、必要なときに必要な情報を世界中の人に届けることができるようになりました。

一昔前の人に比べて、現代人は圧倒的に自分の時間は作りやすくなったし、圧倒的に手間という手間を削減出来ていると思います。にも関わらず、今回の事例のようにまだまだ貪欲に手間を減らそうとする人がいるって、面白いです。

個人的な経験でモノを言えば、手間を減らせば減らすほど、生産性は上がります。(今回のは意味あるか疑問ですけど。)食事は自分で作るよりレストランで人に作ってもらった方が時間も、場合によってはコストも押さえることができます。

車に関しては僕は明らかに手間を嫌っています。そもそも持っていないし、圧倒的にタクシー派です。税金を払うのもばからしいし、駐車場代、保険代、人を轢くかもしれないリスクを抱えるのも嫌ですね。

ところが、ある一定以上手間を減らし、ある一定以上生産性を上げると、途端に達成感がなくなります。生きている実感がなくなるといえば少し大げさでしょうか、でもそれに近い感覚があります。人間ってなんてめんどくさいのだろうといつも思いますが、この感覚はおそらく皆さん共感されるのではないでしょうか。

遠足にもっていくお弁当は、今半の弁当を買っていくより自分で作っていく方が美味しいし、全ての行程が決められたパック旅行は全然想い出に残らないけれど、自分ひとりで四苦八苦して行ったバックパッカー旅行は昨日のことのように思い出せます。誰かが育ててくれた子供って、血がつながっていたとして、果たして愛せるんだろうかと思います。

僕たちは非常に便利な時期に生を受けていて、どんどん『誰かがやってくれる人生』になってきています。人がやってくれて、ITがやってくれて、もうすぐロボットがやってくれる時代がきそうです。でも上記の例に見られるように、誰かがやってくれる人生、自動化される人生、手間をなくしてくれる人生というのは、強烈な副作用があります。

どんどん達成感がなくなっていき、生きている実感が失われていき、なぜか感謝がなくなり、そして人間はアホになります。どこからどう見ても恵まれているのに、不満ばかり漏らして明らかに不幸そうに生きている人を見ると、たぶんこういう時代の被害者なんだなと勝手に思ったりしてます。

恐らくその反動なのでしょう。マラソンやトライアスロンに取り組む人が爆発的に増えています。マラソンは、車で移動すれば良い距離を、わざわざ自分の脚でツラい思いをしながら走破するクレイジーなスポーツです。その99%は苦しみで、報われるのはゴールしたときの1%のみ。しかしその手間ひまかけたあとの達成感は、やっている人なら分かると思いますが最高です。

トライアスロンは、マラソンに比べてさらに手間がかかる競技です。まず、3種目やらなければいけない。効率や合理性を重んずる人がやるべきスポーツではありません。さらに、特に自転車の分解や組み立てが強烈にめんどくさい。なのにシャチョウさんもブチョウさんも平社員さんも、皆同様に自分のバイクは自分でいじいじしています。レース中も誰も助けてくれません。

たまに思います。もしトライアスロンのバイクをメカニックの人が全部梱包から何からやってくれ、レースの本番だけ僕たち選手が乗ればよく、そしてレース後はまた別の誰かが綺麗にして自宅に送り返してくれるとしたら、果たしてこれだけの人気をトライアスロンが得られたかと。ゴールした時の感動があれほどあるかなと。

恐らく答えはノーです。トライアスロンは極めてめんどくさい。非効率、不合理の塊です。なんせ、僕なんて宮古島までいってレースに出られなかったわけですから。その他の人にしたって、準備してきたのに当日になってレースの内容が変えられたわけですから。

それでも近年経営者や事業主の人がハマっているのには、やはりそれだけのワケがあるわけで、おそらくはその理由としてこのめんどくささがあるのではないかと思います。

 

というわけで、効率化が進み、生産性が極限まで高まりつつある現代だからこそ、『敢えて手間をかける』、名付けて『敢え手間』な生き方をたまには選んでみても良いのではないかと思う次第です。むしろ、自分が選ぶ分野でかかる手間を最大限楽しむために、その他のことを合理化する、生産性を上げるという発想が正しいのじゃないかと思います。

考えてみれば、子供がいる人生といない人生では、前者が後者の1000倍ぐらい手間がかかりますが、それでも僕は前者の人生が大正解だったと思ってるわけで。今朝も朝、娘のほっぺを噛んでグーで殴られましたが、そんな手間も愛おしい今日このごろです。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。