ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

生き残りそうな後輩の共通点 #604

time 2015/05/06


25歳で入社して自分が『後輩』だった時代から約10年が過ぎ、徐々に『先輩』になりつつある今日この頃。コンサル業界のようなUp or Out(昇進か、さもなくば退社か)ではないものの、生き残りの厳しさから毎年毎年、『自分は果たして今年も生き残れるのだろうか』ということにドキがムネムネしています。

1、2年目は(良い意味でも悪い意味でも)全く今のようになっているといは想像ができなかったのですが、自分が過去いた場所に今いる1、2年目の人を見ると、この人は生き残りそうかな、あるいはそうじゃないかな、というのは、何となく肌で分かるようになってきたように思います。

あくまで凡人の目線で見た話ですが、凡人の見極め方をば。ちなみに『新人』といっても、20代から40、50代まで幅広いのがこの業界の特徴。年齢があまり関係ないのは面白いです。

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1、居心地悪い場で自腹で学ぶ

先日参加したMDRTの日本会大会には、会員増加、人材育成のためにあるプログラムが用意されています。それは平たく言うと、『MDRT会員資格基準を満たしていなくても、やる気があるなら自腹でMDRT日本会大会に参加してもいいよ』というもの。弟子参加プログラムみたいなものです。

僕も経験があるから分かるのですが、MDRTのような場に、会員資格を達成しないまま参加するというのは、ある種の相当な苦痛を伴います。自分以外はみんなMDRT会員=トップセールスで、自分だけがそうではない。なかには、自分がはるかに手が届かないMDRT基準の3倍や6倍やっている人もいる。しかもそれを四半世紀とか続けている化け物がいる。

しかも、『これさえ知ってれば3倍売れます!』てな感じのお手軽トークとかを教えてもらえる場ならまだしも、学びの多くはMDRTが理念として掲げるホール・パーソン(=Whole Person、全人格的存在。決して『穴人間』ではありません)を追求するためのアバウトな話です。それを3日間。

MDRT会員がMDRTを理解するのは難しくありませんが、そうじゃない人が理解するには、とてもハードルが高いというのが正直なところです。やる気は出ますが、プライドはズタズタになります。

が、今回のMDRTに、先の弟子参加プログラムを使って参加した後輩が一人だけいました。僕たちの仕事は初期は報酬が抑えられていて、相当に苦しい出費なはずです。かつ周りは全員MDRT会員、何もタイトルはないのは彼だけ。きっと相当に恥ずかしかったことでしょう。悔しかったことでしょう。

でも、そんな状況になっても、もっと成長したい、もっと良くなりたい、もっと顧客に尽くせる人材になりたいと思っている人は、僕は『本物のプライド』を持っていると思います。自分の現在地ではなく、伸びしろに焦点を合わせて恥を捨てられる人間というのは強いです。

僕は遠からず、その後輩がMDRT入りすると確信しています。

あ、言い忘れましたが、僕ら会員も自腹です。天空人はそうじゃないのかもしれないけれど、彼らに食らいついていくためには、凡人は学び続けなければやっていけません。

2、個別に聞きにくる

よく開催されるものに、『組織の生産性を高めるための全体セミナー』というものがあります。特に営業系組織では、売れている人のノウハウには至高の価値があるため、ケーススタディの名のもとにこういった勉強会が開催されたりします。

こういったセミナーを開催するに際し、『参加しますか?』と声をかけると、多くの人が手を挙げます。人は誰しもよくなりたい、とは言われている通りで、こういう企画をして参加者がほとんど集まらないということはあまりありません。

ところが、課金をするとなると話は別です。『出来ることなら知りたいが、お金を払ってまで知りたいとは思わない』という人が大半であることが分かります。代償というのは本来先払いが原則なのですが、多くの人は『宝くじが当たったら宝くじを買おう』とか、『万馬券が当たってから競馬場に行こう』とします。

やる気のある人間というのはこういうハードルすらふわりと越えてきます。ただし実はこの後にもう一つ、生き残りそうな人間がそうじゃないかというのは見極めポイントがあります。それは、

『全体セミナーが終わった後に個別に聞いてくるか』

という点。全体の最大公約数間でバランスを取るため、全体向けの話というのはとかく無難になりがちです。ほとんどの確率で、『ん?そこって具体的にはどういうことなの?』という気持ち悪さが残ります。そこを勉強会が終わった後に個別に聞いて確認しにくる人間というのは、やはり強いです。

違和感というのは、感じたその瞬間に解決しない限りは、また思い出すのは不可能に近い代物です。そして往々にしてそういう点が後で大きな差を生んだりします。今回、僕がボソリと話をした原価1000万ほどのアイデアがありました。それに食いついてきた後輩は、先の事例のMDRTに無理矢理参加してきた後輩でした。

3、事後ホウレンソウがある

生き残る後輩の共通点の最後はコレです。

一般的な『世の中はギブ&テイクだ』という発想だと、なかなか難しいことが一つあります。それは、『先輩に恩を返すこと』です。

大抵の場合、先輩は僕たちより知識も経験も豊富です。お金も沢山もっています。そういう先輩に、具体的に返せるものなど、はっきりいって何もありません。教えてもらったことと同等かそれ以上のものを返せるかというとほとんどの後輩諸氏は不可能なのではないでしょうか。

先輩というのは、後輩に教えるのが仕事の一つです。そこは仕事ですから、一旦教えたら一応の義務は果たしたことになります。

が、世の中には先輩からの教えを受け『続ける』ことが出来る後輩というのもいます。仕事だから『教えておしまい』ではなく、ずーっと教えてもらえるヤツのことです。一度教えてもらえる後輩というのはどこにでもいますが、教え続けてもらえる後輩というのは、ほんの一部です。

そういう人間は、大体『事後ホウレンソウ』をしています。

▼パイセンのおかげで◯◯がうまくいきました!

▼◯◯についてやってみたんですけど、失敗しちゃいました。どこが悪かったんでしょうか?

▼◯◯さんのおかげで、あのときいただいた言葉のおかげで、ここまで来ることができました!

こういう後輩に対して、先輩は何が得られるとはなくとも教えたくなります。自分の持っているものを伝えたくなります。ソイツの成長を、本人以上に楽しみに見ています。

思えば僕はこの上記3つに関して、恐らくはそのへんの同業者と比べて徹底的にやってきました。満足できる自分になっているかと言えばまだまだではあるものの、先輩に対する図々しさでいえば、トップクラスだったと思います。自分が先輩になって、早く自分級がそれ以上に図々しい後輩が現れないかと待ってる今日このごろです。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。