ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

囲碁をやっていますけども、囲碁がおもしろいわけではありません #610

time 2015/05/12


 

囲碁がとてもおもしろい。最近輪をかけておもしろい。毎週特定の時間に指導を受けており、波や幅はあれどめきめき実力がついていることが自分でもよく分かります。

なぜ囲碁がここまでおもしろいのかということを振り返ってみたら、意外なことが分かりました。

※4時間50分の普通のLSDとなってしまった3月開催佐倉マラソンで応援してくれたバットマン

IMG_0567

 

囲碁はおもしろい、しかし囲碁がおもしろいわけではない

囲碁についてはこれまでもいくつか書いています。

ある業界の総本山にお呼ばれしていったら見事にハメられた話 その1

ある業界の総本山にお呼ばれしていったら見事にハメられた話 その2

経営者がかなり優先順位を上げて囲碁に取り組むべき8つの理由

囲碁に関してはですね、経営者をはじめとするビジネスマンはこれから必須な『教養』、『スキル』かと思いますマジで。数ヶ月やってきて、素晴らしい師匠たちからの指導を受けて、本当によーく分かりました。

ヘタなビジネス本を読むよりも、セミナーを受けるよりも、仕事『だけ』をするよりも、圧倒的に思考が鍛えられます。巡り巡って行動も鍛えられます。もう少し言うと、その両者を間で司ってる『神経』が鍛えられます。

人がその人のなかで至ることが出来るであろう自分の最高到達点に多くの場合至っていないのは、結局思考と行動にギャップがあったり、思考そのものの位置がまだ低かったり、その両者をつなぐ神経が発達していなかたりするのが理由なわけですが、囲碁はその三者を非常に効率よく鍛えられます。

社会的な『結果』という意味では、僕ももう少しでブレイクスルーできそうなので、まぁ見ていてください。今は色々あって膝を曲げている最中ですけども!

さて、そんなわけで囲碁はおもしろい!という結論にたどり着いたわけではありますが、実はもう一つある結論に辿りついています。それは、

『別に囲碁がおもしろいわけではない』ということ。

 

 

 囲碁がおもしろいわけではない理由

見出しだけ刺激的にしてみましたが、断っておくと、囲碁は掛け値無しにおもしろいです。なんでもっと早く出逢わなかったんだろうと思うぐらい。囲碁には大変失礼な書き方をしましたけれど、別に囲碁を否定しているわけではありません。

囲碁おもしろいなぁ、楽しいなぁと思っていた自分の感情の高ぶりを解析したところ、それは『囲碁』というゲーム(ゲームと言うと師匠は怒ります)のおもしろさもさることながら、本当にこのおもしろさが立脚している場所は、囲碁そのものではないと気づきました。

今現在、囲碁の指導は以下のようなフェーズで受けています。

①対局:同レベルのライバル、もしくは師匠方と対局

②指導:どこが良かったか、悪かったか、今後の課題は?

③地味練:課題の実践。布石、手筋、詰め碁など、野球で言えば走り込みや素振りみたいなもの

これらをやるわけですが、特に①と②に関しては師匠方の面前で行うため、毎度見るも無惨にボッコボコにされます。しかし師匠方はそのあたりの弟子の扱い方がとても上手で、少し上の世界を見せて、進化へのモチベーションをかきたててくれます。

結論から言うと、囲碁が今とてもおもしろいと感じているのは、囲碁のおもしろさはさておき、囲碁に対して『全力で立ち向かっている』からです。これが、『3割の力で囲碁に立ち向かっている』なんて状態だったならば、恐らく今ほどの興奮も感動もないに違いありません。

 

全力でやれば、何事もおもしろい

人生には、おもしろいこととおもしろくないことがあります。僕は過去、前者がサッカーや野球やゲーム、後者がマラソンや囲碁や盆栽だと思ってきました。競技やカテゴリによって、『おもしろい/おもしろくない』が僕の中では区分けされていて、おもしろくないことには触れないようにしてきました。

で、現在、絶対やることはないであろうとバカにしていた後者のうち、2つに既に取り組んでしまっています。ただこれは、『マラソンや囲碁が面白いのを知らなかった』という現象とは僕は捉えていません。

むしろ、『全力でやってみたらめちゃくちゃ楽しかった』という類いの発見だと思っています。

小学生時代にやっていた遊びでいうと、ドッジボールやキックベース、『じょうせん(=定規戦争、机の上を土俵に見立てて定規同士で相撲をとるゲーム。ペンで定規を弾き、相手をぶっ飛ばします。)』、鬼ごっこや缶蹴り、しっぺ大会などがあります。一般的にはドッジボールやキックベースが『おもしろさ』という点ではそれ以外に比べて上位に来ると思います。

しかし、僕の中の想い出は、その順番に並んでいません。当時の想い出で言えば、『全力で取り組んだもの』は想い出の上位に来ますし、競技自体は面白いのに大して力を入れずに取り組んだものに関しては、ほとんど覚えていません。

定規を戦わせる『じょうせん』なんて、何の生産性もないくだらない遊びです。でも当時の僕たちは、休み時間のすべてをそれにつぎ込むぐらい、真剣でした。5分も時間が空けば、すぐに自慢の定規を持ち寄って戦っていました。

『全力で取り組むこと』というのは、おもしろさの必須条件なんだと思います。

このことを発見してから、すごく気持ちがラクになりました。なぜならば、『おもしろいこと』を見つけなければならないのであれば、それが見つからなければツラい想いをすることになります。しかし『既に取り組んでいることをおもしろくする』のであれば、今回の例のように、それに対して全力で取り組めばいいということになります。

なんであれ、全力で取り組む。そうすれば100%おもしろくなります。今やっていることがおもしろくないという人は、きっと取り組み方に甘さやユルさがあるのだと思います。仕事や趣味など、ある程度時間をかけているものであれば、中途半端は本当にもったいないです。もっとおもしろくできるんですから。

仮想を全力でやってくれたバットマン自身も、きっと応援を相当おもしろいと感じているはず。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。