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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

本当に帰ってきたウルトラマン 野辺山高原100kmウルトラマラソンで号泣した話 その1 〜栄光、そして挫折〜 #615

time 2015/05/17


 

※『星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン』を2年連続完走しました!制限時間3分前ゴールという奇跡の軌跡を2年連続赤裸々に描きます。アイアンマンよりツラかったデス!

皆さんは覚えているだろうか?1年前のあの日、ランニングを始めて8ヶ月でウルトラマラソンにチャレンジし、精神をぐちゃぐちゃに押しつぶされながら、制限時間2分前にゴールに駆け込み、顔もぐちゃぐちゃになってしまった漢の奇跡を。

いや、まぁ、覚えていなくて当然だ。ほとんどの人は、ほとんどの人に興味が無い。何の特徴もなく教室の隅で体育座りしているような男の1年前の話を覚えていてくれという方が傲慢である。分かりきったことを聞いてしまって申し訳ない。

ということで、軽く去年の戦いを振り返ってから、今年を総括してみたいと思う。

 

野辺山 in 2014

ダイジェストでお送りすると、去年はこういう構成だった。2013年9月頃から走り始め(@湘南国際マラソン)、2014年1月に初サブ4を達成し(@勝田全国マラソン)、その後もサブ4を連続で達成し(@古河はなももマラソン、かすみがうらマラソン)、まぁまぁ良い調子でノリで申し込んだのが、日本最強のウルトラとも言われる、野辺山ウルトラだった。

完全な場違いであることには会場に到着してから気づいたのだけれど、通称『小僧』と呼ばれる見た目小僧な漢に強制されてウルトラマラソンとアイアンマンに申し込むことになってしまい、

写真 (2)

 

今もチーム内で伝説となっている野辺山ウルトラ2014に参加した。image

左から簡単に触れると、

コードネーム『仙人』:この時点で2回ウルトラを完走していた唯一の経験者。ちなみに2014年は8回もウルトラを走っていて、もはや現世から解脱気味。ゲイではないが、ゲイにモテるのが悩み。2014年8月に一緒にアイアンマンに。

コードネーム『羅王』:俺。小柄。いじめられる体質。目立たない。食も細い。だけどDe部主将。

コードネーム『小僧』:野辺山ウルトラ2014の言い出しっぺ。去年も同じようなことを書いたが、大風呂敷を広げ、そして全く畳まない漢。何をしているのか不明。いつもなぜか元気。

コードネーム『兄さん』:ランチーム『アドミラル』で一番盤石な漢。盤石じゃないときは目の前に巨乳がチラついたときで、それ以外はほとんどの場合冷静沈着。2014年8月に一緒にアイアンマンに。

コードネーム『熊』:動きと意思決定が遅く、いなくなるのはとても早い。De部副主将だったものの、ノルマである80kg以上の体重キープに失敗し、ほとんど馘首気味。なにかとまごつく性癖がある。

コードネーム『ハラル』:是非彼のブログを見てほしい。何が起きているのか分からなくなる、そのパルプンテ度合いがとても楽しい。いつも色々惜しい漢で、フルマラソン4時間8秒で『ほぼ4』を達成しているが、『サブ4』は達成出来ていない。

 

6人で参加し、うち俺含めた5人がゴール。こんなに泣いたのは、出し切ったのは生まれて初めてだった。14時間の制限時間で、13時間58分にゴール。心は完全に壊れていた。涙は、いつまでもいつまでも止まらなかった。

IMG_0054

 

残念ながらOPP(お腹PP)という俺の専門分野が飛び火したハラルは、14時間5分でゴール。無情にも、14時間走り続けてきた全ての努力が、たった1回のOPPでぶち壊しになってしまった。この日、ハラルは6回もOPPしていた。普段の俺並み。

なので今回、ハラルは並々ならぬ決意で野辺山ウルトラ2015に臨んでいたと思われる。

このへんの話は、ちょうど1年前にブログにした。 今回対策のために読んでいたら、また泣けてきた。

2014年はその数ヶ月前から走り始めてからの、フルマラソンのサブ4が3回、ウルトラマラソンが2回、アイアンマンが1回完走と、色々あったにせよかなりの飛躍を見せることができた。今思えば大したことない実力ながら、絶頂期だった。

そう、俺は忘れていたんだ。絶頂期が来た生物というのは、必ず衰退するという世の中の法則を。

 

 

飛ぶ鳥を落とす勢いだったはずが、飛ぶ鳥が堕ちる勢いで堕ちていった

2014年8月にアイアンマン(スイム3.8km、バイク180km、ラン42km)を完走し、俺はしばしの休息に入っていた。平たく言うと、少し気が抜けていた。練習量も目に見えて落ちていた。

『アイアンマンになった、次はサブ3.5だ!まぁ、悪くてもサブ4ぐらいはいけるだろ。』そんなことを思いながら、2014年11月につくばマラソンに出場した。なんとかなると思っていた。

開始1kmでふくらはぎに異様な痛みが出て、4km地点で歩き。その後も全く復活できず、同じく負傷でダラダラと走っていた師匠とともに、4時間40分過ぎにゴール。初マラソンにすら及ばないタイムに、唖然としたがそういうこともあるのかなと思っていた。

まぁ俺はダブルウルトラマンだしアイアンマン、次は大丈夫さと思っていた。

 

2015年1月に勝田全国マラソンがあった。1年前に初サブ4を達成した、想い出の地だ。これは好記録が狙えそうだ、そんなことを思っていたが、引き続きあまり練習はしていなかった。寒いのは苦手なのだ。

結果、開始8kmぐらいで歩いてしまい、つくばよりマシかと思ったら5時間7分でゴール。『サブ4』どころか、『オバ5』ランナーになってしまった。これには少なからずショックで、一体自分のカラダがどうなってしまったんだと嘆きまくった。

いくらなんでも、5時間超えは遅過ぎる。なんなんだ一体!!!

 

次のリベンジを誓ったが、2015年3月に出場した佐倉マラソンは、また同じことになった。せめて4時間半切りはしたいと臨んだものの全く歯が立たず、一度止まるともう一度走ることは難しく、4時間50分でゴール。またしても5時間超えがすぐそこまで来ていた。ほとんど初心者ランナーのタイムだ。

このあたりで、不振だと思っていたものが自分に対する不信に、そして悪い意味での確信に変わっていた。『走力が落ちてる!!!』

もっと早く気づけという声もあるかもしれないけれど、まがりなりにも(ショボいながら)絶頂を極めた2014年中盤までの履歴から考えて、自分の実力不足、努力不足を真っ正面から認めることは、そんなに簡単なことではなかったのである。

俺は、ようやくここで気づいた。

ダメだこりゃ

 

続く伊豆トレイル72kmには、全く歯が立たなかった。72kmのレースなのに、42km地点で関門に1時間も間に合わずに強制リタイヤ。一緒に参加した兄さん、仙人、ハラルはそれぞれきちんとゴールしたにも関わらず、早々に戦線離脱を余儀なくされた俺が、自分のことをどれだけ情けなく思ったことか。

IMG_1080

 

その後のトライアスロンの今シーズン初戦でも惨敗し、もう俺は本当に堕ちるところまで堕ちた。

今回の野辺山ウルトラ2015は、そんななかでの挑戦だった。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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