ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

本当に帰ってきたウルトラマン 野辺山高原100kmウルトラマラソンで号泣した話 その6 〜ライバルの不在〜 #620

time 2015/05/22


※『星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン』を2年連続完走しました!制限時間3分前ゴールという奇跡の軌跡を2年連続赤裸々に描きます。アイアンマンよりツラかったデス!

※用語説明『デカフォレスト』:野辺山ウルトラを10回以上完走している猛者。一般ランナーとは別の緑のゼッケンが与えられ、『デカフォレストが見える位置にいれば完走できる』という格言もある。

(あらすじ)
矢尽き弓折れた状態のハラルを途中で見て、ハラルの分も完走を誓った。一般的に勝負所と見られがちなラスボス、馬越峠との勝負よりも、その前の平地での勝負を選んだ俺の作戦は、果たしてうまくいくのだろうか。ようやく、71km地点まで来た。あと29km!!!

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71km地点(滝見の湯)にて

71km地点の滝見の湯は、『71kmレース』の参加者にとってのゴールである。

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『おかえりなさーい!!!』、『ナイスラーン!!!』、『◯番、◯◯さん、ゴールでーす!!!』

ゴールゲートが設置されており、MCの人の黄色い声がこだまする。あと29kmを残した身としては、この上なくゴールしてる人が羨ましく感じられる。

 

昨年もそうだった。ここでゴールする人をどれだけ羨望の眼差しで見つめたことか。

でも、当時思ったものだ。

『ここでゴールじゃ、泣けない。』

そう、71kmの距離は確かにツラい。限界はとっくに超えてるといってもいい。でも、ここでゴールしたとしても、笑顔にはなりこそすれ、泣くことなんぞ出来ない。

最初のウルトラのゴールでは泣けるはずと勝手に思っていて、そして71kmの地点ではその境地には達していなかったことを強く覚えている。俺はそのとき一緒に走ってたライバルの熊に言った。

『ここじゃ泣けないぜ。必ず100kmをゴールして泣こう!』

俺と熊はここで吼えた。周りの人に見られるのも構わず吼えた。完走を誓う咆哮だった。そして俺は、あまりのツラさに、残された距離の残酷過ぎるほどのツラさに、涙した。

 

今回は熊がいない。

『ごむぇん、にいちゃん、申し込みしようと思ったら終わってた。』

まるで山王工業の絶対的センター、河田の弟すなわち『河田弟』、別名『丸男』がまごまごしながら受け答えするかのような調子で、熊から野辺山不参加の知らせを聞いたときは、正直なところ戦慄した。

熊とは、昨年の初野辺山で励まし合いながら制限時間2分前にゴールした。ヤツが吐いたら俺がヤツのプライドをすべく愛の罵倒をし、俺が凹んだら熊は俺を置いて一人で走っていく。2人揃ったらゲーム形式でDe部には登れないような登りを走って登っていく。

熊がいなかったら、俺の昨年のゴールは絶対になかった。その熊が、今回はいない。

俺は、あまりの寂しさに、ここからの勝負所を前にモチベーション高い写真を撮ることが出来なかった。

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どうしようどうしようと熊のようにまごつきながら、とりあえず気晴らしの秘技『歯ブラシ』を取り出してごしごし歯を磨いた。着替えは勿論アドミラルTシャツ。元帥閣下への忠誠心を胸に、歯磨きをしてさっぱりした。

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『精神力とは、技術である』

とは、初代タイガーマスクの佐山聡氏の言葉だっただろうか。いわゆる『精神力』というと、何かこう、剛性なものをイメージしがちである。根性と言い換えてもいいかもしれないが、とかくそれはあるヤツはあるし、ないヤツはないと断定されがちである。

かくいう俺も精神力についてはそう思っていて、そして自分にそれがないことに悩んでいた時期もある。体力の限界に差し掛かると、部活で言えば他のメンバーよりも先に限界が来て、仕事であれば他のメンバーよりも先に眠くなるのである。

しかし昨年ウルトラマラソンを2本、アイアンマンを1本完走して、分かったことがある。

『精神力とは、技術である』

精神力とは剛性で直線的で先天的なものなのかと思っていたら、そうではなかった。『このツラさは、今後の人生にどう活かせば良いだろう?』、『この経験を過去に当てはめるとアレだ、あのときに似てる!』なんてことを考えながら、あるいはあらゆる手段で気分を紛らわせながら走っているうちに、当初限界だと思っていた地点より遥かに前へ進めている自分に気づいた。

精神力とは、後天的に身につけることが出来るものであり、それは柔軟なものであり、家具職人が木の断面で怪我をしないように角を丸く丸く滑らかにするのに似た、どこか職人技というか、修練によって上手になるものなのであるということが分かった。

具体的な技術としては、あるツラさがあったとして、それを抽象化したり他のものに具体化したり比喩化したり言語化したりブログのネタ化したりしているうちに、そのツラさを乗り越えられることが分かった。また、あるツラさというのは、気分の持ち方でいかようにも解釈できることが分かった。

歯磨きは、その対策の一つである。歯磨きをすると、気分が晴れる。その晴れた気分になると、あと数kmは走れる。

歯磨きを終えて、たっぷり時間を使った俺は、横に熊のいない馬越峠を登ることにした。

 

 

71km地点(滝見の湯)〜79km地点(馬越峠頂上)

さて、馬越峠である。ちょっと写真ではイメージが沸きづらいことと思うが、最大斜度が15%ぐらい。歩くのもツラい坂が、10km近く続く。

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ほぼ走っている人はおらず、ほんのちょっと傾斜が緩んだときにだけ、ちらほら走る人がいるぐらいだ。

大体予定通りに71km地点に着いたものの、覚悟を決めるのに時間がかかり少し休みすぎたため、ペースを上げなければならない。

俺は、昨年熊とともにやったゲーム形式での作戦を遂行することにした。

『あの赤いパーカーの人のとこまで行けたら休み!!!』

『あのゲイっぽい短パンのおじさんのところまで行けたら歩いてよし!!!』

『3本目の大きな木のところまで!!!』

熊はいない。しかし、熊とともに登ったこの馬越峠の経験はカラダに刻み付けられている。走力はあのときよりずっと落ちてしまっているけれど、この経験は何者にも代え難い。

知ってる!俺は野辺山を知ってるぞ!!!

そうだ、ここでゲームをしたんだった。

そうだ、ここで熊は吐いたんだった。

そうだ、ここで吐いた熊を罵倒して、入魂したんだった。

記憶が一気に蘇ってきて、道に迷い込んだと思ったら知ってる道にぶち当たったときのあの感覚で、少し笑みをこぼしながら俺はぐいぐい登っていった。

傍目に見たら、ほとんど進んでなかったかもしれない。それでも、登りで他のランナーに抜かれることはほぼなく、馬越峠を完全に支配下に置いて、俺はキロ11分を見込んでいた坂をキロ9〜10分ぐらい、1〜2分ずつ貯金(というか負債の返済)をしながら、のぼっていくことができた。

そしてあと3つぐらい勝負所があるかなと思ったら、いつのまにか頂上に着いていた。

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関門まであと40分というところで到着。ゴール制限時間まであと3時間!残り21km!

いける!!!必ずいける!!!

昨年に比べて20分ほど早く到着し、疲労度においては比較にならないほど安定している。

まだまだいける。ここからは下りだ。

そんなふうに調子に乗っていたら、まさかのその下りで魔物に襲われることになった。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。