ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

『2倍?無理だよそんなの』の誤謬 #631

time 2015/06/02


 

もうすぐ子どもが産まれる。2人目。女の子。

大リーグ養成ギブスをハメてちゃぶ台をひっくり返しながらサミーソーサを越えるバッターを生み出す夢は断たれ、河原でボロボロになりながらゴロゴロしながら殴り合って男同士分かり合う、という三丁目の夕日的夢も断たれた。

プレッシャー、ハンパない。1人でもいっぱいいっぱいなのに、2人になる。どうしよう。

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『2倍』はたいてい想像出来ない

後輩に対するトレーニングをしていていつも感じることは、

よっぽどのキチガイでもない限り、『2倍の成績を出せ』と言われて自分がそうなっている姿を想像出来るヤツはいない

ということ。これは後輩に限らず自分もそうなのだけれど、1.2倍とかならまだしも、ある程度いっぱいいっぱいやっているなかで現状の200%を求められても、それは明確にイメージすることが難しい。

『思えば叶う』とは、今言ったような2倍の目標を苦もなくイメージできるキチガイじみた想像力、妄想力およびケタ外れの実力があるヤツが、そうではない人間に希望を与えるために適当に吐く言葉で、常人にとってその言葉は虚言に近くはあっても、名言ではない。

が、一方でたいていの人間は現状×2程度の数字をたたき出すというのは、先天的なギフトを除いた部分をきっちりトレーニングすれば、達成可能だと思っている。後から振り返れば達成は出来たけど、そのときその瞬間に想像することは難しい、というのがこの種の事柄だ。

振り返れば、新卒の頃にその倍の給料をもらうということを当時想像出来なかったし、若かりし頃に尊敬していた人の2倍の成績を出さないとMDRT会員になれないということも想像出来なかった。

初めて10kmを走ったときは20kmという距離が想像出来なかったし、20km走ったときは42kmを走るヤツらがキチガイにしか思えなかった。死ぬ思いをして42kmを走った数ヶ月後に、その倍以上の100kmを走ることが出来るとは、想像の域を越えていた。

大人になってから初めてまともにプールで泳いだら、50mで死にかけた。『200m泳げたら1.5km(トライアスロンの標準レースで必要とされる距離)泳げるよ』と師匠に計算ミスとしか思えないアドバイスをもらったときは、珍しく恨んでしまった。

『1.5km泳げたら3.8km(トライアスロンの最長不倒、アイアンマンで必要とされる距離)泳げるよ』と言われたときは、この人は計算が出来ない人なんだと思ってしまっていた。

そういえば高校3年生のときに『8』まで落ちた偏差値を、現実を見ずに一旦脇に置いて、その数倍の偏差値の大学を受けなければならなかったこともあった。

どの『2倍』も、想像することは出来なかったが、結果としてはどれも達成出来てしまった。僕だけが出来た!という自己礼賛の話ではなく、周りで同じようなチャレンジをしていた人は、大体それを実現していた。

だけど、それを事前に想像出来たかどうか、明確なイメージを持つことが出来たかどうかといえば、それはすべて『否』だった。

 

自分の感覚を信用するのは◯フェンス時に限定しよう

新興国に旅行したとき、通りを一本入ったときに入った瞬間に感じる『ん?』という空気の変化。こういうのは、例えば首締め強盗だったり銃を突きつけられたり、そういう危険を感じているサインでもある。こういう場合、その感覚に従ってやはり大通りに戻るのはたいていの場合正解だと思う。

人間の危機察知能力というのはそれなりに優れていると思っていて、たとえば電車のホームで白線の外側(線路に近い方)に立つとどこかざわつくし、内側に立つと少し落ち着く。死への距離をカラダが感じているんだろう。

腐りかけの牛乳を飲んだとき、ヤバめの食べものを食べたときのカラダの拒否反応も、そういう感覚と近くて、意外と正しい。だからディフェンス時にはこういう感覚を尊重するのは、別に悪いことではないと思う。

 

ところが、ことオフェンスに関しては話が違う。2倍の売り上げを目指すとき、2倍の距離を走るとき泳ぐとき、2倍の段位を目指すとき(今囲碁で初段相当なのに、師匠に五段を取れと厳命されている。2倍ですらない。)、人はそれを想像出来ない。妄想でギリギリ、だけど他人事に近いぐらい、そこに責任を持てない。

けれど、上述したように、負荷をきちんとかければいつのまにかその境地に達しているということは、誰にでも起こりうることである。勿論良い師匠、良いライバル、良い教科書、良い環境、良いコンディション、良い訓練などが揃ってようやくそこまでたどり着くことが出来るのだけれど、2倍というのはやって出来ないことはない。

というか、世界のトッププロでもない一般人にとって、今程度の2倍の場所までたどり着くというのは、実際問題そんなに難しいことではない。だってそもそも大したことのない位置にいるのが普通だから。

ドラクエで言えば、レベル98の勇者が99になるのはめっちゃ難しいし時間もかかるし、98が99になっても大した変化はないが、レベル5の勇者が10になることは簡単である。使える呪文は増えるし、倒せる敵のレベルも上がる。なにより、まだたかだかレベル10なので、その倍すら狙える。

そんなわけで、自分の自分に対する評価とか感覚というものは、ことオフェンス時に関しては全くアテにならないので、あまり参考にしないほうが良い。目の前に提示されたときにはとてつもない山に見えたとしても、登ってみたら大したことなかった、とたいていはなるのだから。

 

冒頭の写真は先日の野辺山ウルトラ100kmの翌週に出た新島トライアスロンで捉えたひとコマ。

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一瞬美尻に心かき乱されるが、少し離れてみると・・・

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おっさんのケツだった。

間近に見ると心ざわつくことも、少し離れるとそうでもないように見える。だからテンパったら少し距離を取ろう、ということが言いたかった。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。