ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

庶民ブロガーに告ぐ〜俺のブログ論〜 #636

time 2015/06/07


 

庶民ブロガーとして約2年半。山あり谷あり、ネタありの日もあればネタなしの日もあり、ここまで毎日更新してきた。あれ?2年半で636エントリ目?と思ったアナタは空気を読んでほしい。3歩進んで2歩下がる毎日を送っていれば、大体計算はあっているはずだ。

お世話になっている方がブログでブログについて書いていて、とても参考になったのとうーんと唸らされたのと、反省と自戒を込めて、自分の頭のなかにあるものを出しておく。

上記ブログ著者の上田さん曰く、質の高い文章とは、

・その記事の対象ユーザが絞れている。出来れば個人名レベル
・対象ユーザにどう思って欲しいか?何をして欲しいかが明確になっている
・その人が読みたくなるタイトルになっている
・その人が読みたくなる内容になっている
・その人が読み続けたくな文章が平易に書かれている
・その人が読みたくなる様に文章に流れがある
・時々、その先を興味を持たせるような仕掛けがある
・随所にウィットに富んだ知的なユーモアがある

 

・・・やべーよ、どれ1つとしてちゃんと出来てねーよ、とこのエントリを見たときに思った。『娘への遺言』という大上段のテーマしか決めてないため、仕事の話もトライアスロンの話もマラソンの話も囲碁の話も下痢の話も、特に優先順位を決めずに書いてきた。が、一応自分には自分なりのブログ論があってここまでやってきたので、こんなに詳細にきちんとしているわけではないものの、こだわっている部分、こういうのは書くべきではないなと思う部分について触れておきたい。

ちなみに似たようなことは過去にも書いたことがある。探してみたら、1年ちょっと前に書いてあった。重複するかもしれないけれど。特に僕と同じような庶民ブロガーについて言いたいことも書いたので、ご意見どしどし寄せてほしい。

IMG_0703

 

庶民ブロガーに言いたいこと①:汝、庶民たることを知れ

『庶民』の定義は色々あるけれど、僕の中ではこんな感じ。

▼出身大学が東大や京大、ハーバードやケンブリッジなどではない。慶應や早稲田はセーフ。

▼帰国子女ではない。

▼面白い国出身(ルワンダに中学生までいた、とか)ではない。

▼親は資産家ではない。

▼名家ではない。『おじいちゃんが吉田茂』とかじゃない。

▼給料は低すぎず高すぎない。

▼男で言えば特別のイケメン、ブサメンではない。

▼ものすごくニッチではない。(親が中卒で女子で東大理Ⅲでイェール大学留学後MBAと医師免許を取得、とか)

▼スポーツで全国大会に出たことがない。

▼幼少期からずっと続けているスポーツなり趣味がない。

▼決意したことが大抵続かない。

▼人生にプラスもしくはマイナスの人生観を変えるほどの転機(震災を経験した、とか)がない。

▼ビジネスで大成功していない。

まとめると、『大した人生を生きていない』ということ。勿論、人にはそれぞれに素晴らしい人生があり、それぞれを尊重すべきという意見には僕も賛成だ。平凡こそが一番の幸せだとも思う。

だけど、結局のところ人口の0.1%〜0.01%ぐらいの人しかスポットライトの当たるような華やかな人生を送ることはないし、ほとんどの人は無難ななかで人生を重ねていくのだから、そのなかでブログを書きたいと思った人が出てきたとして、それはやはり庶民であることを前提としたブログにするべきだと個人的に思っている。

ブログを『大したものないもの』にする必要は全然ないのだけれど、書いてる本人は『大したことない人』であることを十分に認識しよう。じゃないと、なんだか重要なところで勘違いをしそうな気がする。『大したことがない人が大したことあるブログを書く方法』をこそ、庶民は学ぶべきである。

 

庶民ブロガーに言いたいこと②:汝、芸能人ブログを参考にすべからず

好きずきなのでなんとも言えない話だけど、僕は結構アレルギーなのが、『芸能人のブログ』。まぁ、価値ある話だけを書くのがブログであるべきという原理主義的なものは持ち合わせていないのだけれど、それでも読んでいて気持ち悪い。

しばらくその正体が分からなかった。が、最近分かった。芸能人と庶民には絶望的な差が1つだけある。それは、『知名度』だ。

こちらのブログを見てほしい。今をときめく大女優、北斗晶さんのブログ。芸能人ブログランキングトップ3には入るらしい。個人的にはこの人は大好きだし、この家族をテレビで見るといつも微笑ましい気分になる。

しかし、このエントリで触れられているのは、オムチャーハンを作った話。以上。オムチャーハンからつながる話は皆無。これだけでなんと58件ものコメントが付いている。芸能人、ハンパない。

芸能時は、キャラが確立されている。多くの人に知られている。だから何を書いてもいい。

僕が同じことをやったとしたらどうだろうか?『今日、ラーメンをつくりました!』とか、『ディズニーランドにいってきました!』とか。受動メディアとして誰かの視覚に入ることはあっても、その人に何かプラスの影響を与えられるとは考えられない。

イチロー選手が、『素振りは大切だよ』というのと、草野球チームのベンチ入りギリギリのおじさんが『素振りは大切だよ』と言うのとでは、天と地ほどの差がある。

 

 

庶民ブロガーに言いたいこと③:汝、本質論に拘泥すべからず

②と似た話なんだけど、大切な話なので触れておく。面白いブログと面白くないブログというのは、(僕基準で)感覚的に前者が0.5%で後者が99.5%ぐらいの割合。後者のうちの90%ぐらいは芸能人ブログと同じで、飯を食っただのどこそこに行っただの、ただの事象を書いていてつまらないので読むことはまずない。

残りの10%ぐらいは、ビジネスパーソンであろうが主婦であろうが経営者であろうが、面白いブログを書く0.5%の人と国語力の点においては、そう違いはないと思われる。

一見しっかりした文体、一見しっかりした語彙力、一見もっともな主張。

それでも、やはり『面白いブログ』と『面白くないブログ』に分かれる。この違いはなんだろう?とずっと思っていた。

で、仮説だけれど、その面白くない方のブログの最大公約数を計測すると、どうも『食べ合わせ』が悪いように思う。コーラに牛乳を混ぜて振ると爆発するし、鍛え抜かれた慶應生以外がラーメン二郎を食べると下痢をする。曙をK1の試合に出すと、漏れなく1RでKOされる。

同様に、『庶民ブロガー』×『本質論』は、やってしまいがちだけれど危ない食べ合わせ。

先の例の通り、イチロー選手が『素振りが大事』と言うのと、草野球二軍のおじさんが『素振りが大事』というのは、どちらも本質的なことを言っているようで、野球少年への伝わり方は全く違う。

イチロー選手はブランドであり、おじさんはそうではない。ルイヴィトンやグッチなどのブランドには説明が不要で、顧客はその外見だけを見て買っていく。名もなきブランドで製品を出したならば、顧客に受け入れてもらうために、創業の経緯から製造過程、製品に込めた想いなどを伝えていく必要がある。

イチロー選手には本質論に関する説明責任がなく、おじさんには本質論に関する説明責任が大アリってことになる。翻って、庶民が本質論を語って、そこでドヤ顔をしたまま終わってしまっているブログのなんと多いことか。

庶民なんだから、1つの本質論に100の例えを添えるぐらいじゃないと、子どもにすらうまく伝えることは出来ないのじゃないだろうか。昔、気合いの入っていない上司が『うん、気合いですよ気合い』と言っていて、何も伝わってこなかったのを思い出した。

 

以上、僕が自分含めた庶民ブロガーに伝えたいこと。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

家族とか教育とかの話

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。