ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

気分良くすごすための日々のイロハのイ #639

time 2015/06/10


 

人間、やはり気分よく毎日過ごすことが重要だとしみじみ思う今日この頃。

娘の地雷を踏んで(前髪を切って気に入っていたらしい娘に、『前髪一直線になってヘンになったよ!わはははは!』と笑ってしまったら睨まれてそのあとあまり会話してくれなかった。5歳でも女子は難しい・・)怒られあとは仕事する気分にならないし、カラダに不調があればやはり1日ブルーな気分になる。

『景気』とか言われるように、経済と言えど結局は人間の気分で左右されるのだから、その気分に焦点を当てて少しでもポジティブな方向に持っていこうと試みることは、決して無駄とは思えない。

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囲碁をやるメリット

先日、IGOホールディングスの面々と話をしているときに、『今まで囲碁やってなかった人が囲碁やるメリットってなんだろね?』という話をしていたときのこと。

『大局観が身に付く』

『太極拳は身に付かない』

『政治と戦略と戦術の違いが分かる』

『損して得取れ、を反射神経レベルで習得できる』

『優れた経営者は囲碁をやっているのだから、そこに近づけるはず』

などなどの意見が出た。そりゃそうだよなと思うものばかりだった。

そこで1人が、こんなことを言った。

『毎回勝敗がつく』

はて?ある種のゲームなんだからそんなん当たり前じゃん?と思ったが、よくよく考えたらそうでもなかった。勝敗がつくというのは、とても大切なことだったのだ。

 

 

勝敗がつかない日常

『勝敗がつく』とはどういうことか?簡単に言えば、勝てば嬉しいし負ければ悔しいということである。特に勝ったときの達成感は格別なものがある。また、負けたとしても、強い相手をあと一歩まで追いつめたりということが出来たときは、これまた自分が強くなったことに対する達成感がある。

徒競走をみんな一律のゴールにしたり、成績を絶対評価でオールAにしたりと、なぜか無競争時代に突入している教育業界はバカバカしい事例としても、世の現実は競争であり、勝負である。からして、自分に克つとか格好いいことを言う前に、他人に勝たなければならないことは受験でも仕事でもしょっちゅある。

が、こと個人の日常に目を落とすと、勝敗があまりつかない日々を送っている人というのは、結構多いのじゃないかと思う。僕の仕事は幸い、達成感が毎日得られる営業職である。お客様に想いを込めた提案が受け入れられればハッピーだし、そうでないときはそうではない。正直言えば、仕事柄、アポさえあればハッピーである。これは営業職の人間なら少なからず理解できる心情ではないだろうか。

一方、前職でもそうだったが、例えばトラブル処理の仕事をしているときなどは、達成感が感じられないことが多かった。『勝ちか負けかの負け』ではなく、トラブル処理というのはそもそもトラブルが発端となっているため、『負けか大負けか』しか選択肢がない。顧客大不満足をどう顧客不満足にもっていくかしか出来なかったため、それはそれはツラかった。

専業主婦の皆さんも近いところがあるかもしれない。子どもの成長というのは嬉しい。しかし、それは例えば『親戚の子に久々に会ったら、すごく大きくなってた!』から言えるのであって日々子どもの変化を感じられるほど、子どもの成長は早くはない。場合によっては、分野によっては、異様に遅いこともある。トイレ卒業に悩んでいる家庭などはその典型だろう。

畢竟、比喩的な意味での『勝敗』がつかない毎日を送ることとなり、一方で案件の受注で大喜びしている旦那に殺意を抱くことになる。

 

 

勝敗がつく毎日を!

すべからく人は明るく楽しい毎日を送る権利が与えられていると僕は思っていて、そのためのキーは、『勝敗のつく何か』を日常に取り入れることではないかと思う。勝ちでも負けでもいい。勝てば嬉しいし、負ければ悔しいので努力をする。それが囲碁でもフットサルでも飲み比べでも何でもいい。昨日は掃除に10分かかったから今日は9分でやってやる、とかでも勿論いい。

要は、何かしら達成感や臥薪嘗胆な気持ちをえられることを日常に取り入れれば良い。ボーリングをしていて、投げた球の行方が1年後に分かるようなら、誰もやらない。それがたとえストライクだったとしてもだ。人には、待てないほど長い時間は受け入れられないという性質がある。

パチンコや競馬や携帯ゲームに走る人がいるのも、同意はしないけれど分かる気がする。敢えて言葉を選ばずに言えば、それらは低所得者の娯楽みたいなものだが、彼らの仕事はブラックであることも多く、達成感が得られるものではないケースもしょっちゅうある。先日読んだブラック派遣の話では、『いちごのヘタ取りを1日5時間、無言で週7日』といった拷問のような仕事もあるらしい。

彼らなりに残った時間で、必ずしも正しくはない勝敗のつくもの(それがパチンコや競馬や携帯ゲームじゃなければいいのだけど)で勝敗をつけて達成感を得ようとしているだけなのだ。

勝ちとか負けとか、そればっかりを言い出したら日常がギスギスすると思う人もいるかもしれない。だけど、それらの無い人生なんて、ラー油の入ってないタレで餃子を食べるようなものなんじゃないかと僕は思う。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。