ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

囲碁初段に半年でなったその仕組みを公開しよう その3 #667

time 2015/07/08


 

※しばし自画自賛エントリ。半年で囲碁初段になったプロセスを公開します。写真は僕が全権委託したコンピュータに、油断して消費税分の力で挑んだら13路盤でうっかり負けてしまったプロ棋士の大橋六段。勿論、このあとフリーザ様のように50%の力を出され、コンピュータは宇宙のチリにされた。。

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目標達成に際して必ず出てくる5つの敵については、前回書いた通り。

ではその5つの敵の攻略法に、今回のエントリでは触れてみたいと思う。

目標達成を阻害する敵①『飽き』に関する対策:仲間とともに挑む

超初心者は別として、初級から中級、中級から中上級、中上級から上級、あるいはその上となるに従い、どのフェーズにおいても『飽き』というのは『モチベーション』に対する対義語で、いついかなるときもそれまでの努力を無にする可能性を持っている。

こいつを自分ひとりで倒すことが出来るのは、僕の経験上『100人に1人』ぐらいの割合しか存在しない化け物たちだけだ。

こういう輩は、『ある日天啓があって、囲碁をやれって神様が言ったんですよ。そしてそこから毎日休まず努力して、大会で優勝するまでになったんです』、とか、『諦めなければいつかなんとかなるって、先輩に教えてもらいました。その言葉を信じて愚直にやっていたら、全国ナンバーワンの営業成績を残すことができました。』みたいなことを平気で言う。

そしてその後に、『私が出来たんだから誰でもできます!』とヤツらは言う。

断言しよう。そんなことはない。大多数の人間は、ハッと気づいてそこからその努力をずーーーーーっと休まず続けられるほど強くない。輩は、100人に1人ぐらいしかおらず、このブログを書いている僕と読んでくれてるあなたは、どっちかというと99人側である。ウォール街で稼ぐ方ではなく、文句を言う側である。

ただ、これは1人で挑んだ場合の話であって、『仲間と挑む』というオプションを追加した瞬間に、ヘタをすれば99人のなかの50人ぐらいは、『継続力』という武器を手に入れることが出来る。

僕には『マッチ』という相棒がいた。大学のパイセンであり、ベンチャーを経営し、いつもよくしゃべり、モチベーションが常に高い超人である。僕はマッチのおかげで、『飽き』を完全に倒すことに成功した。仲間は、いつも自分にない力を与えてくれる。

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目標達成を阻害する敵②『マンネリ』に関する対策:我田引水の言語化をする

囲碁は、囲碁を既に好きな人から見れば至高の存在だが、囲碁をそれほど好きでもない人が続けるには、その面白さを知るまで上達しなければならないという、ニワトリタマゴの関係性の問題がある。

僕もその恐れは多分にあった。勿論『半年で段位を取得する』という目標をかかげ、そしてそれを公言していたから、ちょっとやそっとでは退かない自信はあった。しかし一方で、僕は結構な飽き性だしすぐ諦める『三井寿症候群』も持病として持っていたため、かなりの不安があった。

この対策として、僕は囲碁に関して『我田引水の言語化』をすることで解決策とした。人は自分に高度に関係あることには興味を示し、上達の意欲を見せ、そして継続力を発揮するしPDCAも回そうとする。

例えば女子力を高めたい女子は、ビジネス本にはさして興味がないが、ファッション雑誌には相当程度目を通す。ビジネス力を高めたいビジネスパーソンは 、ファッション雑誌にはさして興味がないが、ビジネス本には相当程度目を通す。

僕にとっては目下興味があるのが仕事、空手、トライアスロン、育児、世界平和、銀河英雄伝説、水滸伝といったものだったため、当初なじみの薄かった囲碁をすべてそれらに置き換えて話を展開していた。

『なるほど、ここはイゼルローン要塞の勢力圏内に自ら単機で突進するようなものなんですね!』(銀河英雄伝説1巻参照。稀代の名著です。)

『娘さんに近づいてくる輩がいたら、肉体的に抹殺する(石と石をぶつけて戦いを仕掛ける)よりは、社会的に抹殺する方が(遠距離から包囲し、何も出来なくする)羅王さんも傷を負わなくて済むので合理的です。』

こうすると、難解な囲碁がとても分かりやすくなった。高度な我田引水をすることで、囲碁の理解は飛躍的に高まったのである。

 

 

目標達成を阻害する敵③『不毛感』に関する対策:時には横と下を見る

アマ七段、八段の師匠たちといつも打っていると、当然のことながら勝つことなど出来ない。褒めてはくれるのだけれど、本当のところは強くなっているのか全く分からない。相棒のマッチと打っていても、大体同じ棋力なので果たして自分たちが強くなっているのか分からない。

『世界を平和にする!』みたいな大きな目標も、『世の中に笑顔を増やす!』みたいな漠然とした夢も、それに向かってばく進しているときは良いのだけれど、ふとしたときに自分が進んでいるのかどうか分からなくて呆然とすることがある。

得てして、前進が止まるのはこういうときだ。僕も何度か、『こんなんで昇段試験に間に合うのか?』とマジで思うようなことがあって、それで気合いが入るのなら良いが、逆に気力が萎えることがあった。師匠たちから見たら穴だらけの囲碁であり、毎度指摘される課題も、手から水がこぼれ落ちるがごとく基本的すぎることばかりだったからだ。

そんなとき、『これから初段目指します!』というプロジェクトが、別のコミュニティで立ち上がったことを知った。ある意味僕たちの後ろからスタートしたコミュニティだ。そのうちの一人と打ってみた。そしたら何度打っても圧勝だった。『あれ?こんなところに隙が。。いいのかな?』、『ここがこうなってこうなってこうなると石取れちゃうけどいいの?』

そんなことを考えながら、はたと気づいた。『俺、いつのまにか強くなってるやん!』

自分が乗っている新幹線が本当に速いかどうかを知るためには、遠くに見える富士山だけを見ていては分からない。たまには、在来線を横に走らせてみると、自分がどれだけ速いスピードで走っているかがよく分かる。上だけ見ていては、息が上がる。たまには横や下も見てみると良い。

 

 

目標達成を阻害する敵④『基礎の軽視』に関する対策:リトマス試験紙に当てる

鎖の強度は、輪のなかの最も弱い部分で決まる。鎖の強度を上げるためには、この最も弱い部分を探し当てなければならない。基礎を軽視していると、鎖の一部分が金属疲労を起こしているように、全体の強度(=実力)を著しく下げてしまう。

しかし基礎はいつでも単調で単純で、答えだけ見れば『そんなの知ってるよ』というようなものが多いため、ともすると軽視しがちになってしまう。いつもそれで手痛いしっぺ返しを食らってきたのが僕の人生なのだが。

めんどくさいのは、基礎の軽視はそれをそれと認識しないうちに起こることである。基礎を軽視していないつもりでも、気づいたら素振りをやっていない、筋トレをやっていない、走り込みをやっていない、といったことはよく起きる。

が、今回はその基礎の軽視の危険性を自分に植え付けるために、試合に出ることにした。『実戦というリトマス試験紙』に当てることにしたのだ。効果はてきめんだった。最初に出た試合では全敗し、特に基礎のところでのつまづきが敗着となるケースがいくつもあった。

決して高レベルな間違いを犯して負けたわけではなく、むしろ基礎的な部分における積み重ねが足りないという圧倒的に残酷な事実によって、負けが決まった。

僕はこの日以来、基礎を最優先課題として取り組むようになった。下段蹴りを軽視する空手家に強い人間はおらず、基礎を軽視するヤツは日の目を見ることはない。

 

 

目標達成を阻害する敵⑤『高段者に対する畏れと恐れ』に関する対策

会社で言えば部長や役員が、行きつけのおしゃれバーでうっかり出逢ってしまった芸能人が、囲碁で言うところの『高段者』に見えることがあると思う。

高段者の手は、かなりの確率で僕のような初心者よりも質・量両面で効率が良く合理的である。一手の無駄すらないように見える。高段者が考え込んでいると、その頭には千にも二千にも及ぶ戦略が駆け巡っているように見える。結果、退かなくていいところで退いてしまい、攻めるべきでないところで無謀な攻めに出てしまう。

これは、『こじはるはうんこしないように見え、Gacktは朝からシャトーブリアンばかり食べているように見える症候群』と呼ばれる。高みに在る人間は、どの点をとってみても完璧に見えてしまうことを差している。

が、よくよく考えてみればこじはるですら恐らくはトイレにいくだろうし(僕はいかないと信じている)、Gacktですらみそ汁とご飯を混ぜてネコまんまを食べているかもしれない。いやおそらくそうだろう。要は、相手も人間であり不完全であるということを、少なからず脳に刻みこむことが大切だ。

アマ七段と八段の高みにいる師匠たちに対しても、『彼らとて人間だ』と思い込む必要があった。そのために彼らのプライベートを知ろうと努力した。この動画を見ると、とても人間とは思えないのだけれど、プライベートを知ってみると意外と寝坊はするわ、言い訳はするわ、議論は甘いわで、普通の25歳だった。

 

『プロ棋士』なるものと友達にもなってみた。人間離れしたアマ七段、八段の師匠たちですら歯が立たないと言われる、もはや怪獣、恐竜の世界の人間たちだ。しかし、『マラソンをやろう!』ということになって、一緒に走ってみたら全然だめだった。5kmで死にかけている彼らを見て、彼らとて人間なんだということがよく分かった。

畏れと畏れは、こうしてなくすことが出来た。

 

囲碁で僕に起きたこと、起こしたことを書いてみたけれど、どうざんしょ?きっとどの目標を目指すにしても、当てはまるんじゃないかと思うのでご参考までに。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。