ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

レベル別・『守破離』の正しい取り入れ方 #669

time 2015/07/10


 

『守破離』という言葉を聞いたことがある人は多いと思う。ただしこの言葉を文字通りに取るだけでは、なかなか日常生活にうまく取り入れることは出来ない。僕が考える、レベル別の『守破離』の取り入れ方に少し触れてみよう。

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『守破離』の3段階

まずはおさらい。『守破離』とは、どういう意味なのだろうか?元々は能や武道の世界で言われてきた師弟関係の在り方を表現した言葉で、大きく3つの段階に分かれる。分かりやすいので空手で例えてみる。

『守』:型通りに型を身につける段階。基本となる正拳突きや下段蹴りをひたすら繰り返す。

『破』:基本をマスターし、応用を加える段階。上達してきて、自分なりの得意技が出来てくる。普通の上段蹴りではなく、変化蹴り、後ろ廻し蹴り、などを駆使する。いわゆる『スタイル』が出てくる。

『離』:師の教えを学び終え、型から離れる段階。独立して『羅王流』みたいのを立ち上げると考えると分かりやすい。

多くの人が知っている通り、基本をおろそかにする人間は最初は良くても、後で伸びなくなる。野球選手で言えば走り込みや素振りが大切だし、サッカー選手で言えばトラップやリフティングはとても重要だ。その意味で、『守破離』のなかで最も大切なのは、『守』だと言える。

ただし、『守』は大抵の場合、地味でつまらない。『破』や『離』の方がはるかに派手で楽しい。サッカー少年で、インサイドキックに憧れてサッカーを始めたという子はあまりいないと思う。ちなみに僕はキャプテン翼のオーバーヘッドキックに憧れてサッカーを始めたが、現役中を通じてついぞオーバーヘッドを打つタイミングなど現れなかった。

 

 

『守』は結果重視。『破』、『離』はプロセス重視

そんなわけで、三十路も半ばに差し掛かる現在、僕が達した結論を先に述べておくと、

結果が欲しいなら『守』にこだわれ。楽しみたいだけなら『破』、『離』でもよし。

といった感じ。

趣味でやるものに関しては、ある程度、基本を積んだら『破』、『離』に手を出してもいい。楽しければそれでいい、と割り切れるものに関しては、いつまでも地味でつまらない基本にばかり集中していると、そのうち面白くなくなってその趣味から離れてしまうからだ。

一方、結果を出さなければいけないものは、必ず『守』から入り、相当なレベルに達してもなお、『守』を文字通り守るべきだと思う。

結果を出さなければいけないものの代表は、仕事だ。2人目が産まれて見えない未来に戦々恐々としている僕だけれど、改めて仕事は結果を出さなければ何の意味もないと最近感じている。

ミルク代を稼がなければ、どんな理想や目標を掲げていたところで、叶えることは出来ない。たまーにだが、『俺の腎臓、2個あるから1個なら大丈夫かな?』なんてことを最終手段として考えたりもしてしまう。

どの業界にも『結果の出るやり方』というものが過去の歴史から編み出されており、それをどれぐらい愚直に出来るかどうかが、センスや才能のない僕のような人間にとっては死活問題となる。

結果を出す、という意味では、乳児も同様。先日産まれた2人目に関しても、既に『守』が徹底的に叩き込まれている。まずは『母乳を飲む』というミッションをクリアしなければ、生き残ることすらおぼつかないのが乳児。寝たいのに顔をぐりぐりとおっぱいに押し付けられ、ひと吸いしただけで力尽きて寝てしまうほど体力がないのに、ぺちぺちとほっぺを叩かれて無理矢理吸わされていた。(写真がその場面。助産師さんはスパルタだった。)

 

 

『守』は1.5流までの道。『破』、『離』は1.5流からの道。

子どもの頃は『守』が大事で、大人になると『破』、『離』(=俗にオリジナリティとか呼ばれる)が大事とみんな無意識に思っているように見える。でもそんなことはないと僕は思う。

50歳になって空手を始めた人には『守』が大事だし、そんな人が本業では会社のエレクトロニクス事業本部の本部長を務めているのだとしたら、これからの時代で勝ち抜いていくために『破』や『離』の感覚を取り入れる必要だ。同じことをやっていては確かに競合相手に勝ち抜いていくことは難しい。

年齢によって『守破離』の段階が決まるのではなく、その人がある分野でどのレベルにあるかで判断すべきだろう。空手の初心者ならばまずは『守』を徹底的にやるべきだし、上記のように事業本部長という重責にあって過去の経験値も十分ならば、今こそ『破』や『離』にトライすべきだ。

感覚的には、1.5流までは、『守』だけで行ける。何も考えずにただ愚直なだけで、世間的には大変立派なところまでいける。それはサラリーマンで言えば年収1000万円を越えるレベルだろうし、スポーツで言えば全国大会に出られるレベル。幼い頃から素振りを1000回やるような子が、全国大会にすらいけないとは僕は思わない。

しかしそれ以上になると、やはり『破』、『離』の要素が必要になってくる。1.5流と1流の間には、やはりオリジナリティの分、差が産まれる。でもそれ以下のレベルなら、別にオリジナリティなんて必要ない。

その意味で、『子どもの好きにさせます』という、ありがちな子どもを尊重してるかのうように見える親御さんの意見には、僕はあまり同意していない。なぜなら子どもはまだ基礎工事が終っていない建築現場みたいなもので、地盤を固めたり柱を埋め込むのすら終っていないのに、個性的なウワモノに着手するなんて論外だからだ。

 

このように、『守破離』とは一口に言っても、その適用すべき時期、レベル、分野はそれぞれによって違う。僕にとって、本業のある分野はそろそろ『破』か『離』に取りかかるレベルに来ているし、最近始めたある分野はまだまだ『守』が必要だ。先日初段を獲得した囲碁も、まぁ五段になるぐらいまでは『守』だけを繰り返していこうと思っている。『らしさ』なんてものはそのうち勝手に出てくるもので、そこまでのレベルじゃない人間がそれを目標としても、大して良い結果にはならないと思う。

ちなみにブログはいきなり『破』ぐらいになっている。それは『守』を経たという意味ではなく、別にこのブログに結果を求めていないからだ。そのせいか、話題には経験の話、マラソンやトライアスロンの話、囲碁の話、下痢の話と、まとまりがない。これがアフィリエイトとかをやっていたとしたら、また違った話になっていたと思われる。

最後に。完全な趣味でも、個人的には上達した方が楽しいし、上達するのであればそのスピードが速いほうが楽しいと思っている。なので、完全な趣味であれば『破』、『離』でもいいとは言ったものの、やはり『守』から入るのがおすすめ。『守』が結果につながるということがカラダの底から理解できると、つまらないはずの『守』がとても楽しいものに思えてくるし、飽きなくなる。

2号機は、今日もペシペシとほっぺを叩かれて無理矢理母乳を飲まされていた。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。