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退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

職業に『貴賎』はあるのか? #671

time 2015/07/12


職業に貴賤はない

よく聞く言葉であり、本質的っぽい表現であり、とても耳障りが良い。僕はこの言葉を忠実に守り、あらゆる職業に偏見を持たないようにしていた時期があった。しかし最近、やはりこの言葉は真ではないのでは?と思うようになった。

前職ではある程度固定された種類の面子との仕事が多かったが、この仕事に転職してからの約10年は、実に様々な種類の人と仕事をした。世間的なイメージで『高尚』と言ってもいい職業の人もいたし、逆にその世間的な意味では失礼ながら『あれ?』と思うような職業の人とも仕事をした。

内向的な人、外交的な人、色白な人、色黒な人、細い人、太い人、色黒で太い人、色黒なのに細い人など、性格的にも外見的にも様々な人がいた。

 

僕は今の業界に入って初めて、『生命保険という仕事は命を懸けるに足る尊い仕事である』という認識を持つことが出来た。これは偉大なる先輩たちと、そして勿論お客様のおかげである。

他方で、この業界では『契約を取る』という言葉を使う人が決して少なくない。僕は入社以来一度も使ったことがないが、日常的に使われる言葉である。僕はこの言葉が好きではない。理由は日本人なら感覚的に分かると思う。

ちなみにオフィシャルには、『ご契約をお預かりする』、『ご契約いただく』を使っている。インフォーマルな場合は『契約いただく』を使う。かなりくだけた場合でも、『契約してもらう』程度だ。『取る』という言葉は決して使わない。

 

一般的に高尚とされる、『税理士』なる方々と仕事をさせていただくこともあった。ある税理士の先生は、顧客の元にもほとんど私服で出かけ、ドローンが出たらすぐに買ってブログに書いていた。顧客にサービスを提供するのではなく、顧客自体が育つように教育をしていた。そこには、『自分がいついなくなっても顧客がやっていけるように』という、強い覚悟のようなものを感じた。

一方、ある地方の企業にお邪魔したときのこと。ジャバザハットのように崩れた体型をした税理士が出てきた。げぇぇぇっぷ、とは言わなかったが、それに近い感じでふんぞり返っていた。その税理士は、社長室に置いてある50年前のソファを、未だに貸借対照表に載せていた。『先生』と呼ばれることに没した末路の姿だった。

 

一般的には『え?』と思われそうな職業の方と接する機会もあった。インドにいったときに案内をしてくれた現地人だ。彼はツアコンをしていた。過去の経験から、途上国のそういった人間は先進国の人間からいかに気前よくお金を払ってもらうかに命をかけていて、場合によっては気分を害してでもお金を払ってもらうことに命をかけているケースが多いと覚悟していた。

しかし彼は、『レストランを探す』とか『遺跡を案内する』という彼にとってオフィシャルな場での振る舞いは勿論のこと、ふとした瞬間にも、僕たちをインドのカオスから守ってくれた。時間に5分遅れた彼が、『遅れて済まない』と言ったときには、少し感動した。こういうインド人に都市部で会ったことはない。少なくとも、この職業の人間に関しては、時間と約束を守るなんてことはあり得ないと思っていた。

 

あるラーメン屋の経営者は、『お客さんがニッコニコして帰っていくのが嬉しいんですよ。』と言っていた。富士山の頂上にあるラーメン屋の店員(敢えて『さん』は付けない)は、外国からわざわざ来て富士山を登ってきた外国人に対して、『混んでんだからそこに座れってんだろ!』と言っていた。

お医者さんで『この人は最高だ!』という人もいたし、同じく『コイツは最低だ!』という人もいた。『サラリーマン』という言葉が流れに身を任せる羊の代名詞のように言われ始めた現代に、そのサラリーマンとして命を懸けている人たちを幾人も見て、感動させられることはしばしばであった。しかし本当に身を任せる羊に成り下がってる人も、冗談ではなくかなりの数いた。

 

本当に色々な人がいた。彼らにとって『その職業』が『貴』なのか『賎』なのかは、人によって真逆なこともよくあるようだった。仕事の種類により発生した違いではなく、職業に対する姿勢、志、心がけから発生した違いがあるように見えた。

その意味では、

職業に貴賎はない

ではなく、

職業に貴賎はある

でもなく、

職業に貴賎はないが、職業意識には貴賎がある

とするべきなのかもしれない。

 

ある有名な事例の話。旅人が話しかけた3名のレンガ職人が『何してるんですか?』という質問に対して、こう答えたという。

あるレンガ職人は、

『見りゃ分かるでしょ。レンガを積んでるんですよ。ったく、安い給料でこんな大変な仕事をさせられて、たまったもんじゃない。どっかのお偉いさんの指示だけど、早く帰って酒でも飲みたいよ。』

次に話しかけられたあるレンガ職人は、

『私は建物を作っています。ご覧ください、この見事なレンガの積み上げ方を。これがだんだん大きくなっていって、いつか立派な建物になるんですよ。』

最後に話しかけられたあるレンガ職人は、

『私はこの国の文化を作っています。一つの建物に過ぎないかもしれませんが、この建物がこの地域を、いや国を代表する建造物になるよう、そして子孫の代まで続く文化の要衝となるよう、心を込めてその一部を担当させてもらってます。』

職業意識というのは、とても大事だと思う、という陳腐な結論しか出てこないけれど、やはり大事だと思う。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。