※6月のバラモンキング(スイム3.8km、バイク180km、ラン42km)前日。師匠である元帥閣下のふくらはぎを測るみよっしー。ともにトライアスロンチーム『ポセイ丼』所属。
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僕の仕事は生命保険。世間的なイメージは色々あるかもしれないが、自分のなかの定義としては、

顧客の望む未来と現在のギャップを浮き彫りにし、顧客がより高確率/高効率でそこにたどり着くために障害を排除し、仕組みを提供し、よりよい未来に向けた意思決定をしていただくこと

だと思っている。『生命保険を売る』だけが目的であればもう少し適当で良いのだけれど、上記が目標である以上は結構厳しいことも言わせていただくことが多い。
当然だ。現実は常に厳しい。砂糖のように甘くはなく、餅のように柔らかくはない。だから相手に失礼のない範囲で、場合によってはその人の未来のために一時的に失礼であったとしても、配慮はすれど遠慮はせずでガシガシ言うべきことを言う。
その際、まず最初にするのは、大抵『現実を知ってもらう』ということ。生命保険の現実、社会の現実、お金の現実、少子高齢化の現実。
現実の話をすると、1割の人が『そうか、それはやばいね、すぐ対処しなきゃ!』と動く意思を見せ、9割の人が『そうか、それはやばいね、でも先の話だから』と先延ばしをする。
1割の人は素晴らしいと思う。こういう人は大好きだ。しかし僕は9割の人の反応の方が普通だと思っている。現実というのは常に厳しい。そこから逃げたいと思う心は、なんら不思議なことではない。
9割の人の反応は仕方ないけれど、それでは顧客がよりよい未来に向けた変化もなにもなくなってしまうので、ここから僕たちプロはあの手この手で現実のブレイクダウンをしていく。
例えば、
『年金が不足することが確実だから年金代わりのものを自分で準備しないといけない。』という現実があったとする。これは大半の人が同意してくれる考え方だけれど、この本質論を以て即対策を打つ人というのは、よほど危機意識が高く、実行力がハンパない人に限られる。
大半の人は、これでは動かない。だから僕は、この現実がどういうことなのかをもう少し分かりやすくする。1kgの肉の塊は食べられないが、1口を20回に分ければ食べられる。例としては、
・定年までの給料日があと360回(35歳の人、65歳が定年として)。1000万を貯めるとして、あと360回で貯めるのと、『忙しいし余裕が無いから』といって10年先延ばしにして、あと240回の給料日のなかから貯めるのとでは、どちらが大変だろう?
・65歳までの30年間で、人生残り55年(早死にしていない人の平均寿命が90歳に迫りつつあるので)の分を稼がないといけない。30年で30年分を稼ぐのではない。30年で55年分を稼ぐ。さて、林先生風に言うと何が正解だろう?
・昔の人の年金は55歳から。我々はヘタしたら70歳から。もらえなくなった15年分は、誰がどのように貯めるのが正解だろう?
こんな感じで、現実というのものを適切な形で突きつける。これからどうするか?の前に、今どうなってるか?を知ってもらう。そうしてきちんと現実を知って初めて、人は動くべきか動かざるべきかの意思決定を検討し始めるのだと、過去の経験で学んだと思う。
現実を現実的に知って、人は初めてそれが好ましい状況なのか好ましくない状況なのかを判断できる。
 
 
トライアスロンチーム『ポセイ丼』では、全員の総意として一つの見解がある。

『元帥は脚が太い』

というもの。『ポセイ丼』の創始者でありCEOであり、全メンバーの生殺与奪の権利を握っている絶対君主である元帥は、脚に限らず全部太いが、特に脚が太い。
過去の事例を見ても、今更ながら、太すぎてふるえる。
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このギリシャ彫刻のような脚は、仲間内で『パルテノン神殿の柱』と形容されるが、驚くことに筋トレは一度もしたことがないまま形成されたものだという。まさに神の御業。
大島にトライアスロンのレースに行った際には、『トライアスロンのレースが開催される』ということが島全体で周知されていたはずなのに、3人のおばちゃんから、

『あら、競輪選手?』

と言われていた。元帥はきちんと3回とも、『いや、トライアスロンです。』とファクトベースで反論していた。
 
『太い』、『黒い』、『太くて黒い』、『怖いぐらい太い』と様々な毀誉褒貶によって表現されていた元帥の脚だが、実は誰一人として、その具体的なサイズを知っていたわけではなかった。
そこに登場したのが、『ポセイ丼』二期生のみよっしー。6月のバラモンキング(という名のレース)に出場する前日、いつものように元帥の太いおみ足についてチームメンバーで言及していると、恐れを知らない不屈の漢みよっしーが、おもむろにメジャーを持ってひざまずく姿が目に入った。

『測ってよろしいでしょうか?』

みよっしーは今にも卒倒しそうなほど緊張していたが、冒頭の写真のように礼儀正しく失礼に当たらないように、丁重に測定をしていた。
『太い』と定性的にしか表現されておらず、畏怖の対象でしかなかった元帥のふくらはぎが、具体的に成人男子平均より何cm太いのか、このみよっしーの賞讃されるべき勇気によって、明らかになったのである。
緊張のあまり息も絶え絶えに測定をしていたみよっしーは、ミッション完了とともに恍惚とした表情をしていた。僕は心のなかで、治外法権の聖域に踏み込んで現実を露にしたみよっしーに、拍手を送っていた。
 
『現実を知る』には、1粒の勇気が必要だ。ほとんどの人は、この1粒の勇気すら捻りださずに、あさっての方向にチカラを使っている。しかし一方、ほとんどの人が現実を変えたいと思っている。よりよい未来を作り出したいと思っている。
それには、翻って『現実を知ること』がまず最初にすべきことである。そのための1粒の勇気は、借りてでも持ってくるべきだ。1粒なので大して元手はかからないし、借りたとしても利子は少ない。誰にでもできる。やろうとさえ思えば。
現実を変えるには、まず現実を知ることである。元帥のふくらはぎのサイズを知った僕たちは、あと何cmふくらはぎを増量すれば、『太いですね!』と民衆から仰いでもらえるかを、それぞれのサイズにおいて知ったはずである。同じように民衆から仰がれる存在になろうとふくらはぎの強化を決意した者、そのあまりの太さに絶望した者、心の内はそれぞれだったけれど、また一つ目指すべき未開の地が明らかになった気がした。
僕もいずれ、見知らぬおばちゃんに『競輪でしょ?がんばってねー』と言われるようになりたい。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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