8月8日は『パパの日』。
世間のパパさんに、おつかれさまを言う日である。俺おつかれさま!
個人的には『父の日(=6月の第3日曜日)』より『パパの日(=8月8日)』の方が分かりやすい。ちなみに台湾ではマジでこの発音が理由で8月8日が父の日なんだそうな。でもそうすると母の日(ハハの日)と被るかな。
今年はこんなのを娘がくれた。髪がまだあることと二の腕が強調されてるのが嬉しく、いつも家で着てる青のシャツと緑のハーフパンツが描かれてる。
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さて、時は遡り、7年ぐらい前に後輩と話をしていたときに、少しだけそれまでのパラダイムが崩れる経験をした。
家族について話をしていたときのこと。当時20代だったその後輩(=一流企業勤務)がふと口にした。
『父親はとうの昔に身長も抜いちゃったし、年収もとっくに抜いちゃったんですよね。いつのまにか抜いてました。』
僕は思った。
 

マジか!?

 
どうも世間における父親というのはわりとそういうものらしく、僕のなかではそういうパラダイムになってなかったということが非常によく分かった瞬間だった。
今は少しだけマシになったけれど、僕は昔から非力だった。母親に腕相撲で勝ったのは、確か大学生になってから。父親に勝ったことはないと記憶している。
アメフト部の主将をしていたという父は、僕が小さい時から大きくなるまで、ずっと家で最強のパワーを持つ漢だった。自然と成長するに従って抜ける存在では、少なくともなかった。
経済面においては、もっと差がある。これも大学生ぐらいになるまで全く気がつかなかったのだけれど、どうやら父親は日本のビジネスパーソンのなかでも相当上の方にいたようだった。社会人になって初めて、というか父親になって初めて、自分が与えられていた環境がどれほどのものだったのかということに、恥ずかしながら気づいた。
これも、成長するに従って自然に抜ける存在とは言えなかった。
 
通常、世間で言うところの父親というのは、僕の年齢の一世代上であるからして、そろそろ引退している頃である。ところが当方の父親に限っては、どうやら今こそ現役かのような動き方。ほとんど同じことが書いてる著作が出回ってるので、暇な人は買ってあげてください。
 
 

 

 

僕が唯一憶えているのが、『今が一番伸びている』と60歳でのたまわった言葉。
カルロスゴーンとアンドレアガシを足して少し和風にしたような顔の御仁は、今日も僕の倒すべき目標であると同時に、なかなか超えられない壁としてそびえてくれている。
あ、本日8月8日は父親の誕生日であります。おめでとう!
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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