『囲碁五段になります』とわりと真面目に再宣言してから数日後、初段を目指す人たちが取り組んでいる『3ヶ月で初段プロジェクト』に参加した。
いっちょ揉んでやろうと思って参加したが、なんと、

いっちょ揉まれた。。。


囲碁を始めて2ヶ月ぐらいの漢、ザック(=トライアスロンチーム『ポセイ丼』二期生)に惜勝。あと一手間違えていたら敗北というところまで追いつめられた。その漢は、ナメくさった顔で対局後にこういった。こんな顔で。

『まだ全然勝てる気がしないっす。』

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全くそう思ってない顔で斜め上から言ってきよった。無性に腹が立った。同時に、過去に無い危機感が芽生えた。この危機感のレベルは、
・同レベルの人間に惜敗するよりも
・凡ミスして負けたときよりも
・高段者に課題をボコボコにされて課題を指摘されまくったときよりも
ずっとずっと強い。それなりのスピードで成長してると思った自分をはるかに凌ぐスピードで、ザックは後ろから追いかけてきて、既に自分と並ぼうとしている。
自称『ビニースハウス育ち』の温室小僧が、しかしその公認会計士としての矜持をかけて全力で追い上げてくる様は、まさに脅威としか言い様が無い。僕はかなりブルってしまった。
ただ、ブルっているだけではない。一種の安心感のようなものも同時に芽生えていた。

こうなったら大丈夫。

なんか、そう思った。
 
僕は継続力も意志も弱い。スイッチがきちんと入らないと、すぐにショートしてしまう。進んでは立ち止まり、みたいなことを日常から繰り返している。
ただそんな僕も、一応やるときだけはやる。受験もそうだったし今は仕事もそうだし、マラソンやトライアスロンもそうだ。結果がどうしても求められるときは、一応なんとかしてきた自負はある。そういうときは決まってスイッチはきちんと入っていてオフにはならない。
過去のそういったシチュエーションを最大公約数化すると、一体どういうときにきちんとスイッチが入るのかということが分かってくる。僕の分析では、

『Want』が『Must』になったとき

がそれだ。
『Want=やりたい』だけだと、僕のような人間にとってのモチベーションとしては弱い。すぐ盛り上がるが、すぐに盛り下がる。
これが『Must=やらなければならない』になると、少し勝手が違ってくる。息をしなければ生きていけないのと同様、トイレに行かなければ漏れて尊厳を失ってしまうのと同様、やるべきことを淡々とやるようになる。
ザックに追い上げられたことで、『五段になりたい』という希望的観測に過ぎなかったものが、明確に『五段にならねばならない』という必達目標に変化した。
考えてみれば、ビジネスの世界でもWant系よりもMust系の方が一般的には強い。例えば娯楽産業にあるように、『◯◯したい』、という欲求を刺激したとしても、それで動く人もいるけれど動かない人も一定数いる。
これが例えば病院ビジネスのように、『病気になったら病院に行かねばならない』という価値観が共有されているとなると、動かない人は極めて少数だ。病院に行かなければ、例え盲腸だとしても死ぬ恐れがあるから当然だ。
同じ産業だとしても、Want系なのかMust系なのかは顧客の立場によって異なる。都心の人にとっての車は娯楽でしかなく、あってもより便利なだけだけれど、郊外や田舎の人にとっては、生活の足であり必需品である。どちらでより車が売れるかは一目瞭然だ。
WantがMustになると、人は動きを加速させる。
 
成長意欲の高い人は多い。僕自身も結構そういうタイプだと思う。だからこそ過去に色々やってきた。立派な目的や理念を定めて、明確な目標を立て、計画をつくってそれに邁進したこともある。
世の中にはそれをするだけで前に進み続けられる化け物どもがいることが分かった一方で、僕自身はそういう人間ではないことが分かってしまったというのがここ数年での経験。
ただ、それで夢や目標を諦めるほど、僕もまだ達観できていない。どうすればもっと成長できるのか、どうすればもっと成果が出せるのか、そういうことは日常全部の時間を使って考えている。
およそ全ての人にとって、Wantに過ぎない目的や目標を、どうMustにもっていくか、そういうふうに心の底から思い込めるかというのは、その達成や成就を考える上で、死活問題と言える。
Wantのレベルで叶うことはない。どうせすぐに折れる。過去に僕が沢山犯してきた間違いだ。
Mustになると、達成が見えてくる。折れることが減り、折れたとしても復活しやすくなり、日々の成長が加速し、巡航速度が増す。
WantをMustにもっていくために、出来ることやるべきことは、沢山ある。そのなかの一つとして極めて有効なのが、

『後ろから誰かに猛追される』という状況を意図的に作り出すこと

だ。
貞子さんに追いかけられたら、誰だって100mのタイムは速くなる。それと同じだ。そういう状況を、大人の特権を活かして意図的に作り出す。自分が速く走らざるを得ないように、必死にならざるを得ないように、敢えて貞子さんを雇って後ろから走らせる。
貞子さんに追いかけられると貞子さんそのものが怖いが、ザックのような後輩に追いかけられると、負けることが怖くなる。
いい感じだ。
こうなったら僕はそこそこ強い。
***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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