このブログは、副題を『娘への遺言』としていた。ちょっと前までは。今では扶養対象が増え、

『娘たちへの遺言』

となっている。だから何らかのインサイトを将来に遺すようなエントリも書くし、そのときそのとき思ったことをつらつらと書くだけのあまり短期的には意味のなさそうなエントリも書くし、
死ぬほど苦しい思いをするマラソンやトライアスロンや囲碁チャレンジ、いずれはもしかしたら盆栽とか料理の話なんかも、書くことになるかもしれない。
特に遺したいなと思っているのは、娘たちが将来大人になったときに、同じような年齢におけるパパは一体何を考えていたのか?ということ。
これは、今の歳になって強く思うことで、ふとしたきっかけで親が今の僕ぐらいの歳だった頃の思考を辿ることが出来て、なんだか言い様のない嬉しさを憶えたことに起因している。

閑話休題。

やってみた。
母乳の代替。
『だったらお前が産んでみろ』と言われても、男性はそれに対応できない。
しかし、母乳の代替だったら出来る。
そう。

哺乳瓶でミルクをあげる。

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ふむ。悪くない。長女のときにもやったけれど、一生懸命飲んでる姿がたまらない。
しかし、これでは分かるような分からないような気がする。
 
そしてやってみた。
 
 
 
 
 
 
 

父の乳をあげる。

略して父乳。

 
 
 
まずは頬を赤らめながら、次女の顔をあたくしのビー◯クのところまでもっていく。そういうものだと思っているのか、愚かにも1ヶ月歳児は迷わず咥えてきた。長女は心配な顔をしてい見ている。『やめなよ』と小声で言っているが、しかし一方で見てみたいという好奇心も抑えられない様子。
生暖かい感触がビーチ◯に伝わってきた。
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当初、僕は完全に冷静だった。琵琶湖や洞爺湖の水面のごとく穏やかな心。そう、おだやかな心を持ったサイヤ人、孫悟空のように。
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しかし、いきなり始まった1ヶ月歳児の逆襲。
 
 
 
 
 

ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅる!!!

 
 
ものすごい音を立てながら、僕の◯ーチクは1ヶ月歳児の口に吸い込まれていった。所詮は無力な赤子と思っていたが、甘かった。とんでもない力だった。
僕は呻いた。
 
 
 

おぅ、おぅ、おおぅ!!

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同時に、なんとも言えない快感のようなものが襲ってきた。
喜んじゃいけない!喜んじゃいけない!でもなんだか嬉しい。。
 
新たな扉を開けるすんでのところで我に返り、次女を自分の備ー蓄から引きはがした。時間にしてわずか5秒程度。しかし永遠とも言える長さに加えて、劇的なパラダイムシフトが僕のなかに起こったのであった。
女性が産むことは勿論、母乳をあげることで母性や愛情が育まれるということの原理がなんだかものすごくよく分かった気がする。言葉では表せないし、産むことは相変わらず出来ないけれど、カラダでなんとなく分かった気がする。
ほんとにどうでもいい話。でも結構なパラダイムシフトな話。
 
ちなみに次女はというと。。。
 
 
 
 
 
 

ニセモノと分かり、怒り狂っていた。。。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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