ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

安倍さん橋下さんは色々言われるけど歴史的に大変讃えられるべきことをしたと思う #707

time 2015/08/17


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歴史ある日系企業に勤める友人Aが直面したいかんともし難いシチュエーションの話。

Aは、重鎮たちが集うあるプロジェクトのメンバーとして、会議に参加していた。その会議は近く開かれるイベントの実施計画について、集客やスピーカーの選定、会場手配や予算などについて話をする場だった。

重鎮たちに比較し、Aは明らかなペーペーだった。ただ、Aはそのイベントの準備に関する責任の大部分を担っていたし、実働としてもかなりの部分を成し遂げていた。

Aがある程度選択肢を提示した上でメリット・デメリットを説明し、さあ決議だとなったところで、日本企業にありがちなその会社の重鎮たちは、あーでもないこーでもないと、自分の話したいことばかりを話し始めた。

重鎮たちはそうは言っても重鎮である。言葉は巧みだし、雰囲気もあるし、何より自分に流れを持ってくるのがとても上手い。しかしそれぞれが同じように自分の畑に話をもってこようとするので、会議は文字通りカオスとなったのであった。

その間、様々な問題点が討議された。スケジュールについて、予算について、進捗について、その他諸々。しかし一向に結論は出ない。

業を煮やした重鎮の一人が、発言した。『一体何が問題なんだ?』

Aは、こう答えた。

『皆さんが好き勝手話をしていることです。目的を持って、時間を決めて、結論を出すことを最優先してやるべきだと思います。イベントの内容ではなく、会議そのものが問題です。』

当たり前のことを、そして本質的なことを答えたAは、その後どうなったか?

人事で銅のということは無かったものの、『あいつはめんどくさいヤツだ』というレッテルを貼られてしまった。正しいことを言い、集団の目的を達成するために障害となっている最大の要因についてフォーカスした発言をした結果、Aは心ない重鎮たちによって、いわれの無い評価を受けることとなった。

てな話があった。僕は聞いていて、それに近い経験をしたことがあったので、100回ぐらいうなづくことになった。勿論、Aにも言い方というものがあったと思う。しかし本質的な問題を指摘されて、それでヒステリーを起こす側が明らかに間違っていると僕は今も昔も信じている。

『鼻毛が出てますよ』と指摘されたら、そこは素直に鼻の穴の奥に押し込めるべきであって、『な、な、な、なんでそんなこと今言うんだ!!!』と怒るべきではない。

ちなみに、そのAの発言で冷静になった重鎮たちは、Aがその会議を去った後に、その指摘された問題点を見直し、以後の会議の生産性は飛躍的に高まったそうな。

 

 

さて、毀誉褒貶の激しい安倍さんと橋下さんであるが、僕はこの二人はいかなる批判を現役時に受けたとしても、後世には輝かしい功績を遺した政治家ということで評価されるべきだと思っている。

安保法制を通したことではない。70年談話の出来の話でもない。維新の会を立ち上げたことでもないし、都構想をぶち上げたことでもない。

なにを以て評価されるべきか?それは、

誰もがおかしいと薄々思っていたことを、はっきりと『おかしい!』と声を上げ、その問題点にフォーカスしたりさせたこと

だ。

安倍さんは、戦後70年も経って世界の状況は終戦当時や冷戦当時とは一変し、隣国のヘイトスピーチや国土の穏やかな侵略を受けるなかで、どう見ても非戦をうたうだけの、現時点で既に矛盾だらけの憲法では国を守れないことを、声高に指摘した。

安保法制が違憲だなんだと言う前に、そもそも自衛隊からして違憲なのに、なぜ他国が決めたに等しい憲法を未だに遵守する必要があるのだと説いた。自分たちで自分たちの国の決まりを決めようと語った。

橋下さんは、大阪という日本第二位の地域の抱える闇に手を突っ込んだ。パーキンソンの第二法則に代表される、『役人の数は、その仕事量とは無関係に増え続ける』という笑えない事象で財政赤字に苦しむ大阪を立て直すべく、その元凶とも言える官僚と対立しまくりながら、改革を訴えた。

大阪は府と市の二重行政になっており、なにをどう考えても非効率な政治を行っていた。そこにフォーカスを当て、大阪都構想を練り上げ、数々の改革を断行したものの、最後は住民投票の壁に阻まれて、政界を去ると決断するに至った。

どちらの御仁も、僕はどう評価して良いのか全く分からない。知識不足だし政治には不案内だし、そもそも教養もない。だから、なんとなく賛成派、反対派と両派の意見を見比べながら、なんとなくどちら寄りなのか考えていくしかない。

ある面では安倍さんに賛成するし、ある面では反対している。ある面では橋下さんに賛成だったし、ある面では反対だった。そんな程度。

だけど、本当にこの2人はエラいと思う。先に書いた通り、

誰もがおかしいと薄々思っていたことを、はっきりと『おかしい!』と声を上げ、その問題点にフォーカスしたりさせたこと

がとにかくエラい。

なぜかというと、Aの事例にもある通り、その意見や疑問が正しかったとしても、本質的だったとしても、『んなもん分かってるよ!でも過去のアレもあるからどうしようもないんだよ!』という問題に対して手を突っ込んだり口を出したり、つまりは誰もが既知な問題にフォーカスをすると、なぜかその正当性とは裏腹に批判されまくるからだ。

短期的には放っておいた方が波風が立たない。しかし長期的に見れば組織なり地域なり国なりに間違いなく悪影響を及ぼす。そういった問題というのは、そこに力を入れる人がいて初めて、周りはフォーカスしだす。そしてその発起人となった人間というのは、眠れるピッコロ大魔王を起こした罪でボコボコに批判される。

Aもそうだったし、安倍さんも橋下さんもそうだった。つまり、彼らが栄光を手にすることは、基本的にない。問題を問題としてフォーカスさせてしまったことで、本人たちにその目はなくなってしまったのである。

にも関わらず安パイな道を行かず、勇気を持って前進し、誰もがいつかは解決しないといけないと薄々感づいている問題に焦点を当てたことは、とってもエラいことなのである。

近年これほど国民が国防に関する議論にマジになり、大阪人が自分の愛する故郷について真剣に考えた時期はあっただろうか?いや、ないと思う。

これだけ注目を集めれば、民主主義らしくこれから徐々に叡智が結集され、よりよい方向に進んでいくはずだ。勿論、間違った方向にいくかもしれないけれど、フォーカスを当てなければ何の動きもなく、長期的に破滅に向かうだけだったはずだ。

問題にフォーカスしたというその一点においてこそ、彼らは、そしてもちろんAも、評価されてしかるべきなのである。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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