ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

ロジックと感情の使い分け方 #716

time 2015/08/26


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友人のブログに右脳と左脳の話があったので、ふと思いついたことを備忘録代わりに書いておくことにしたい。

僕的には右脳=感情で、左脳=ロジックと言い換えられるこの話、いつの世でもどの場面でも議論されることが多く、そして正解がないことでも知られている。

一般に男性はロジック優位で、女性は感情優位だとか、そしてそれらは分かり合えないだとか、色々言われている。『仕事とあたし、どっちが大事なの?』と詰めよる女性を男性はめんどくさいと感じ、『君の問題点は3つある、それは・・』と共感よりも解決策の提示をする男性を女性は『分かってない』と断じる。

ちなみに僕はいわゆる感情的な人が男女ともに嫌いだ。昔バイトしていたときにいたタイプの女性がそれで、ちょっと意見の相違があり、しかも先方が間違えていたときにそれを指摘したら、人格攻撃と拡大解釈して大騒ぎされてとても困った。

と思ってたらロジカルな人も男女ともに嫌いだということに気づいた。大好きなSF映画を集団で見て、『いやーめっちゃ面白かったな!』と言ったら、『そうだね。監督の◯◯が原作の◯◯に忠実かつ少しだけテイストを変えていて、それを俳優の◯◯が前回の出演作の◯◯とは違った形で表現しているところが秀逸だった』というコメントをもらったときには、コイツとは分かり合えないと思ったものだ。

一方で僕が好きな人のなかにはとても感情的な人が多く、そしてロジカルな人も多いということにも気づいた。

毎日感情爆裂で向かってくる娘のことは大好きだし、一番尊敬している医師の先生はこちらが正しいと思うや否や、旧来の価値観をあっさり捨てて共に盛上がることが出来る。

あれ?あれ?嫌いなの?好きなの?どっちなの?としばし混乱したけれど、なんとなく分かってきたのは、

①感情の使い方が下手な人・・・嫌い

②ロジックの使い方が下手な人・・・嫌い

③感情の使い方が上手な人・・・好き

④ロジックの使い方が上手な人・・・好き

という、聞けばそりゃ当たり前じゃんと思うような性向があることが分かった。つまりは何事もバランスだということ。とっても当たり前。ではそのバランスはどのように能動的に取っていったらいいのだろうか?というのが、この次の段階の思考。

バランスというのは、ある時期両極端に触れた後、いつのまにか『ちょうど良いレンジ』に着地することが多い。『バランスの受動的着地』とも言える。

が、この過程には試行錯誤が当然付いて回る。『試行』はいいけど『錯誤』はマズいという場面やコミュニティもある。感情に振れ過ぎれば『イタい人』になるし、ロジックに振れすぎれば『なんだあいつは・・』となる。多くの職場はそのように出来ていると思う。

その場合は、両極端に触れる前に『能動的着地』を目指した方が良いのではないかと思う。『このへんかな?』ということをアタリを付けて着地を目指すことで、なんとなくの正答率を高めていく。

結局のところ『バランスをとる』と一言で括られる感情およびロジックの使い方は、ではどのように使った場合には正解に近づくのだろうか?

僕のなかのイメージではこんな感じ。

感情は主観的で、ロジックは客観的。

感情は高速を爆走するようなもので、ロジックは狭い路地をノロノロと周りを確認しながら走るようなもの。

感情がなければ人間ではないし、ロジックがなければこの世はカオスになる。

感情は右ストレートで、ドカンと試合を決めるために使う。ロジックは左ストレートで、チョンチョンと相手との距離を計りながら試合を作るために使う。

どちらも一長一短がある。適切なときに使えば効果があるし、不適切なときに使えば害悪になる。どちらかだけでは片手落ちだし、どちらも使おうとすればバランスが要る。バカとハサミが使いようなのと同様、どちらが良い悪いではなく、どちらも使い方によっては毒にも薬にもなる。

 

僕なりの結論としては、以下のようになる。

ポジティブ局面:感情優位のちロジック付け足し

ネガティブ局面:ロジック優位のち感情付け足し

ポジティブなときは、感情優位でいい。映画が面白かったら、『めっちゃ面白かった!!!』でいい。そのあとに何が面白かったか?どんなところが前作と違ったか?を話し合えばいい。

ポジティブなときには感情を爆発させても、それが周りの人を害することはない。むしろハッピーにすることの方が多い。僕は日本人のクセにピザとコーラが合わさったときのあのなんとも言えない不健康感溢れるフュージョンに言い様の無い幸せを感じるのだけれど、それで誰かがキレるということはなかなかない。

一方、ネガティブ局面では、極力ロジック優位であるべきだと考える。良くも悪くも人間というのは感情とか空気というものに流されがちで、そしてそれは一旦流れ始めたらなかなか止めることは出来ないし、拡散することもまた妨げることが出来ない。職場で不機嫌な同僚がいると、なんとなくその人の周りの空気まで澱んでこないだろうか。

自分自身のためにも全くならない。感情はスピードが速いため、ネガティブ局面では放っておくとどこまでも堕ちていく。堕ちれば堕ちるほど、同じ距離を同じ角度で上がる必要がある。これには多大なる馬力を必要とする。場合によると、元の位置まで戻るだけで一日、一週間、一ヶ月のエネルギーを使い果たしてしまうこともある。

そんなふうになりそうなネガティブ局面のときは、敢えてロジック優位に切り替えることで自分も周りも難を逃れることが出来る。

良くない出来事が起きた。それにショックを受けたり、誰かのせいにしたりするのではなく、その原因をとことん考える。大抵のことは突然それが起きるのではなく、原因となる小さな前兆があったりするので、そいつを見つけて潰しにいく。寝坊したときに目覚ましを蹴飛ばすのではなく、どうしたらもっとちゃんと起きれるかどうかを、目覚ましの配置を変えるとか、音量を変えるとか、あるいは寝具をより良いものにするとかして再発防止にもっていく。

ちなみにネガティブな局面というのは、人間がとかく感情的になりやすい。なので平素からこういう思考トレーニングをしておくと、ネガティブなときにもロジックを優位にもってくることができるように(ちょっとだけ)なる。

うっかり知人がこの秘法に関する本を書いているので、軽く紹介しておく。ステマではありまてん。

 

ちなみに、ポジティブ局面では、感情に加えてちょっとのロジックを組み込むと良い。『この人みたいになりたい!』という人に出逢ったら、それはそれとして感情を爆発させてエンジンを点火しつつ、でも頭の片隅で『ではどうやったらこの人に今より少しでも近づけるか?』を自問自答する。場合によっては周りに答えを求める。

ただ感情的に夢を見ても、それが叶うことはあまりない。そこに至る道筋を見つめる思考が必要だ。

一方で、ネガティブ局面でもロジックを優先させて墜落を抑えた後には、少し感情を入れると良い。僕の師匠は一見して好き嫌いがかなり激しい人なのだけれど、よくよく知ると、

『好きなことのために好きじゃないことはするけど、嫌いなことを継続するためだけに嫌いなことをするのはやっぱりやめる』という哲学を持っている。

大好きなトライアスロンのためには好きじゃないスイムの練習はするけれど、色々考えたし検討もした結果、生活をするためだけに将来の保証もなく能力を伸ばすわけでもなく、業界の古い慣習に縛られているだけのサラリーマン生活は辞めてしまったという御仁。

決してハナから感情的なわけではないけれど、最後の最後はやっぱり感情にしたがって、自分の信念に従って生きるという姿に、多くの人は憧れを抱いている。社会的に見たら相当なSFT(社会不適合者)ではあるけれども、師匠は色々な人の人生に価値観の変化を与えている。

今話題の安保法案に関しても、反対なら反対で『I am not Abe!!!』とか『戦争法案反対!!!』などと感情的にがなり立てたりせずに、きちんとロジックを以て反論し、最後に『かくかくしかじかで戦争につながる可能性が現段階よりも高まる今回の法案はやっぱりヤダ』と表明してくれればいいのに、と思う今日このごろ。

 

言葉にするとエラい難しくなってしまったけれど、

感情とロジックはバランスよくミックスしてね!!!

という一行で済む話をここまで長くめんどくさく書いてしまった僕は、やはりロジック優位なのじゃないかと思う。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

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家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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