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※家を出る前にはほどけていたはずのイヤホンが、数時間後にポケットから出してみたら見事に絡まっていた図
いつも不思議に思っていることがある。
綺麗にほどいたはずのイヤホンが、いつの間にか複雑に絡まっている。自分で複雑に絡ませようと意図的にやったとしてもこうはならないだろうと思うぐらい、見事に小さな穴からイヤホンの先が侵入し、あらぬ絡まり方をしている。
マラソンの後半戦では、いつもスタミナ切れた頃にZARDや湘南乃風や森高千里に励ましてもらうことにしているのに、イヤホンを取り出したときには決まって絡まっている。走りながらイヤホンをほぐすのは実はとても難しい。大体いつもこれで残りの体力が尽きるというマヌケなことをしている。
『神の見えざる手』は経済学の世界で言われる言葉だけれど、ポケットの中の方がよっぽど神様の手が暴れているように感じる。
 
で、どうやら最近思うのは、コトはイヤホンに限らないのではないかということ。物事は本来、膨大な書物やインターネットのページの99.9%が不要なぐらい、シンプルに出来ている。
人間の生活の基本というのは、もう数千年もの間、『食う、寝る、出す』だし、日光のお猿さんは常に『見ざる、聞かざる、言わざる』の3種類しかいない。『修身教授録』で有名な森信三先生は、子育ての根幹を『挨拶をしっかりする、ハイと返事をする、履物を揃える』の3つが肝要だと説いている。
ちなみに生命保険というのも、本来は3つしかない。
 
世間を騒がせている安保法案にしても、究極を言えば、
①私が襲われたら、あなたは助けてください。その代わり、あなたが襲われたら、私も助けます。主に中国相手ですけどね。(今回の法案)
②あなたが襲われたら、私は助けません。その代わり、私が襲われても、あなたは助けなくていいです。主に中国相手ですけどね。(スイスタイプの完全自立)
の2択でどっちがいいの?ということを問うているに過ぎない。上記のたすきがけのいびつな対案である、
③私が襲われたら、あなたは助けてください。でも、あなたが襲われても、私は助けません。(現行)
④あなたが襲われたら、私は助けます。そして私が襲われても、あなたは助けなくていいです。(日本がアメリカを守ってやる!?)
の2つは本来、議論の土壌に上がることすらおかしい。③は都合が良過ぎるし、④は国力が違い過ぎる。とまぁ比較的シンプルな話であるはずなのだけれど、ご存知の通り異様なほどねじれにねじれている。
 
生命というものに関してもそう思うことがある。本来は『生きるか、死ぬか』の2択であったはずが、長寿高齢化によって、『(カラダ的には)生きているけど(脳みそ的に、つまり精神的には)死んでいる』という状態が出来てしまっている。
家族を育ててくれた感謝はどこへやら、最後は『介護疲れ』なる本末転倒にすら思える精神的疲労によって、親が死んだときに『良かった』と感じてしまう子が世の中には沢山いる。
 
卑近な例では、自分の部屋を見渡してみよう。1ヶ月以内に、確か掃除したのではなかったか?いつの間にか机の上には小物が散乱し、スーツやシャツは揃っていたはずなのに投げ出され、靴下は片方消えているのが5セットぐらいある。一体なぜこうなってしまったのか?なんてことを自問自答して放置している隙に、どんどん部屋は汚くなっていく。
僕の会社の机の引き出しには、『現代の100名鑑』なる有り難い名著シリーズの一覧とともに、『北斗のマンシール(ビックリマンのパクリ。北斗の拳版)』と『スターウォーズマンシール(=ビックリマンのパクリ。スターウォーズ版)』と『銀河英雄伝説の名言集』と朱肉が一緒になって入っている。それらのそれぞれはその時々でそれなりの合理性を以て僕の机に迎えられたはずだけれど、今となってはなぜそれらが一緒に存在しているのかが全く分からない。
 
要するに、ポケットのなかのイヤホンに限らず、僕たちの暮らす世界というのは、放っておくと元々シンプルなものがどんどん複雑になるように出来ているらしい。そしてそれは特定の分野、特定の人にだけ起こりうるのではなく、ほとんど全員、全世界に広がっている習慣病のようなものだ。
結局のところ、治療薬は2つしかない。なんであれ、放っておくと複雑になるということを知っておくこと。そして、その時々で立ち止まってほぐす努力をすること。
 
もし目の前の問題があまりに巨大で、立ち往生を強いられてるのだとしたら、少し考えてみると良いかもしれない。それはもともとシンプルな問題だったのではないだろうか?だとしたらどこかに糸口があるのではないだろうか?今回は仕方ないけれど、もうちょっと気をつけて定期的にチェックしていれば、今回のような苦労はもうしなくて済むのではないだろうか?
ということで、生まれて初めて、
『イヤホンをチョウチョ結びしておく』という人類史上初の解決策を思いつき、次のレースで実行してみる気になった、一応今年35歳のあたし。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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