ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

ツール・ド・フランス主義を見習おう! #723

time 2015/09/02


 

数日前、ツール・ド・フランスに関するエントリを書いた。

ツール・ド・フランスに学ぶ、トラブったときの復帰の仕方 その1

ツール・ド・フランスに学ぶ、トラブったときの復帰の仕方 その2

ちなみに僕はツール・ド・フランスを生は当然としてテレビでも観たことがない。すいません。

とはいえ、一応トライアスロンでバイクに乗る者としては、世界最高峰のレースを押さえないわけにはいかないので、YoutubeやWikepediaを中心に、分からないながらも色々と調べたりつまんだりしている。

黄金の7連覇を果たし、そしてドーピングで全てを剥奪されたランス・アームストロングのこと。

1時間以上も時速53km以上でバイクを漕げるタイムトライアルの怪物、ファビアン・カンチェラーラのこと。

今をときめく日本人選手、新城幸也選手のこと。

今の世界のトップ、アルベルト・コンタドールやクリス・フルームやヴィンチェンツォ・ニーバリのこと。

選手だけではなくツール・ド・フランス全体や歴史について。

具体的なコースのこと。

 

その中で、名物とも言えるのが『ラルプ・デュエズ』と呼ばれる激坂。標高差がなんと1km以上。天に向かって1km登ると言えば、そのえげつなさが少しは伝わるだろうか。

そのラルプ・デュエズの写真が冒頭のやつなんだけど、なにはともあれ、

 

 

 

 

 

 

 

 

観客がスゲー邪魔。

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激坂区間ということで、最速80kmぐらい出る化け物どもも、さすがにスピードが落ちる。ということで、このラルプデュエズでは安全な範囲で道に迫り出した応援が認められているんだけれど、それにしてもさすがに邪魔。選手たちは、この鬼のように迫り出した観客の隙間を縫って、嫌な顔一つせずに登っていく。

でもたまに不届きものがいて、選手に引っかかったり野次を飛ばしたりするので、一部の選手は怒りまくっている。その他の選手も、本当はかなりうっとうしいと思ってるはず。しかし観客あってのツール・ド・フランスなので、選手達はよく我慢している。

 

ツール・ド・フランスがいいなぁと思うのは、恐ろしいほどのスピードの出るレース本体とは別に、この盛上がり方が異常な観客たちの姿。そしてエラいなぁと思うのは、この観客たちを最低限の部分以外規制しない、当局の姿勢。

もし日本でツール・ド・フランス(ツール・ド・トキオ?)が開催されたとする。たぶんスピードの出る平地区間は勿論のこと、登り区間でも、『選手の安全のため〜』、『観客の皆さんの安全のため〜』といって、コースからかなり離れた場所に柵が立てられるんじゃないだろうか?

勿論、最初は本場ツール・ド・フランスを真似て、極力選手に近いところで応援をすることができるように設計されると思う。でも、ひとたび選手と観客の接触が起きたり、それによって落車が起きたり、観客にけが人が出たとしたら、どこからともなく湧いて出てくるヒステリークレーマーが恐ろしい勢いで鋼鉄の柵を用意させるんじゃないかと思う。『絶対事故は起きないって保証できるんですか!』とか言って、応援したい選手が50m向こうに見えるぐらいの安全地帯に、観客は追いやられるのではないだろうか。

ツール・ド・フランスでも、事故は起きている。そもそも酔っぱらっている観客が多いため、接触はしょっちゅうだし、それによって選手が止まってしまうこともある。観客にキレる選手も多い。それでもこの応援の風景はツール・ド・フランスの大事な構成要素であることを当局が分かっているからか、特に規制される様子はない。事故を起こした人間をシバきあげるだけだ。

 

ツール・ド・フランスを始め欧米の一般的なルールとしては、『ほんとにしちゃいけないこと以外はしていいよ。』となっている。日本は何かというと、『ほんとにしていいこと以外はしちゃいけないよ。』となりがちである。この差は実はかなり大きい。

ラルプ・デュエズのように観客が迫り出しまくっていると、相応のリスクは想定しないといけない。それでも、レース全体の盛り上がりという点でみれば、このリスクは許容範囲だと踏んでいるのだろう。だからいつまでたっても規制されないし、いつまでたってもラルプ・デュエズの応援は風物詩として愛される。

日本だと、安全な方に、安全な方に行ってしまい、いつしか本来面白かったはずのものが、つまらなくなってしまう。法律やルールでガチガチに縛るべき分野も勿論ある。しかし多くはそうではないはずなのに、そうあるべき分野と同じように縛られていたりする。メリットを増やすよりも、デメリットを少しでも減殺しようと躍起なのだ。

 

実は個人レベルでも、こういう思考法は日本人にとても多いと感じている。思考のファーストチョイスに、まず『リスク』や『デメリット』が浮かんでしまうのだ。

『マラソンをやりましょう。』→『いや、でも疲れるし脚昔痛めたし。』

『トライアスロンやりましょう。』→『バイクって高いですよね。』

『カジノいこうよ。』→『損したらやだな。』

『◯◯の本買って勉強しな。すごくいいよ。』→『いくらぐらいですか?』

『自己投資のために研修に行きましょう。』→『その出費は今はちょっと・・今週スノボなので・・』

『木を切る前に斧を研ぎましょう。』→『いや、斧研いでないで木を切らないと・・・』

完全に僕の世界での話だけれど、色々な人と話をしていて、思考のファーストチョイスに『メリット』が浮かび、その大きさ如何によってはすぐ動ける人、というのは10人中1人か2人いるかどうかだ。僕自身も、実はかなり『リスク&デメリット』を頭で考えやすい。だから今必死に訓練してメリットを見るようにしている。

何かを始めると、それがお金にしろ、時間にしろ、労力にしろ、様々なリスクにしろ、必ず天秤の片方に代償の先払いが発生する。その代償を1gたりとも支払いたくないという脳の構造をしている人は、結局何も始めることはできない。

ツール・ド・フランスのラルプ・デュエズの映像を見ると、あの応援の在り方はデメリットが100個ぐらい思いつくほど、デメリットだらけのように見える。

でもそれを凌ぐメリットがあるから、あそこまで盛上がる。

僕自身も、心のなかの天秤がいつもポジティブサイドに傾く価値判断を持っていられる人間でありたいと、強く思う。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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