昨今、世界中で紛争が勃発している。第二次世界大戦後や冷戦時の方がむしろ平和だったぐらい。アメリカやソ連というスーパーパワーが資本主義、共産主義両陣営のスターとして君臨しており、その両者の緊迫感とは裏腹に、世界は意外と平和だった。
しかしソ連が解体され、アメリカが『もう世界の警察やめるっちゃ』と世界唯一の地位から降りて以降、妙にバランスの取れ始めた各国は小さな理由をエサに、争うということを日常化していった。平和になる条件が整ったのに、世界はより混沌としてきた。
紛争とは無縁のように思われる日本にも、残念ながらその足音はヒタヒタと迫ってきている。隣国はいつの間にか、我が国を攻撃することを当たり前のように習慣化していた。国内を見ても、世代間闘争というか、引退した世代と現役世代の間での対立は日に日に強まっているように感じる。
そしてミクロで見ても、いわゆるダンナVSヨメ紛争というものも、各家庭で活発化している。
ある知人は、FB上に不満をぶちまけていた。
『これ、ダンナがFBやってないからって裏口言うわけじゃないんですけどね、なんで子どもが熱出したらヨメが休むのがデフォルトなんだぁ!!!あたしだって働いてるのに!!!』
その知人は、入社式で『世界を股に挟むビジネスパーソンになりまぁす!』と叫んだことがある帰国子女で、その瞬間、言いたいことは十二分に伝わったが、帰国痴女になっていた。今回も『悪口』と言いたいところを、『裏口』と言ってしまっていた。
言いまつがいはともかくとして、こういった紛争は後を断たない。なぜこういった紛争は起こるのか?
僕もよく怒られるが、要するに
ダンナ=(家事、育児などを)やってるつもり
ヨメ=それはほぼやってないと評価
という構図がどの家庭でも成り立つことが原因だ。
ヨメが24時間中16時間、寝てる時間以外のほとんどの時間、子どもを見ていて、ふと帰ってきたダンナが30分だけ子どもの面倒を見て、『俺も面倒を見ている』と言う。その言葉に、ヨメたちは全国平均で言うと93.9%の確率でキレる。
珍しくダンナが皿を洗う。しっかりと洗剤が残ったり、油汚れがぶわっと付いた形で皿置きに置かれている。この完成度の低さに、ヨメたちは全国平均で98.2%がたキレる。
『やってるつもり』が細かすぎて伝わらないことの代表例がこの2つだけれど、こんな例は枚挙に暇が無い。
 
この写真を見てほしい。
IMG_0870
僕は今、佐渡島に来ている。佐渡国際トライアスロン(スイム3.8km、バイク190km、ラン42km)の国内最長レースに出るためだ。
チーム『ポセイ丼』のメンバーは、リーダーの『元帥』を始め、ベストパフォーマンスで臨むために準備やカラダの手入れに余念がない。
写真は、ストイックな『元帥』と、チームメンバーの『みよっしー』がストレッチをしているところ。世の中の99.2%の人は、右側の人はストレッチをしており、左側の人はパソコンを見ながら爆笑しているだけのように見えるかもしれないが、そうではない。
実はどちらの人間も、

真剣にストレッチをしている。

どちらの人間も、

自分の限界まで柔軟性を高めている。

しかし、他人から見たその図は、ストレッチをしっかりしている人と、何もしていない人にしか見えない。本人たちがどのような意気込みでそれに臨んでいるか、どれほど真剣かというのは、確かにとても重要だ。
しかしそれと同じぐらい、他人からの評価というのは、時に重要だったりする。世の中は自分が他人からどのように評価されるかによって、自分のパフォーマンスが決定されるケースも結構多いからだ。
 
家事育児ひとつとっても、ストレッチひとつとっても、『やってるつもり』は本人たちの弁である。しかしそれを見た周りの人間が『やってない』と評価するならば、それはそれとして真摯に受け止める必要があるように思う、今日このごろ。
改善できるところはしていこうと、FBの知人の投稿と、『元帥』のストレッチに見えないストレッチを見て強く思った。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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