ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

成長が速い人は、◯◯◯◯が速い法則 #737

time 2015/09/16


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娘(長女:5歳、もうすぐ6歳。口答えまっさかり)としゃべっていると、3回に1回ぐらいはイラわせてくれる『イラわせてくれる』とは、『イライラさせてくれる』『笑わせてくれる』のフュージョン系だ。イライラするけど面白い。でも腹立つ。でも可愛い。そんな状態。

例1

娘:『ねーねー、じゅねしっくわーるどみにいこうよー。きょういこーよー。』

僕:『?ああ、ジュラシックワールドね。はいはい、今日は時間ないから今度ね。てかこないだ見たじゃん。』

娘:『こないだもこんどっていったじゃーん。しかもじゅねしっくわーるどなんていってないよ。じゅらしっくわーるどっていったよ。』

僕:『・・・(5秒前にじゅねしっくわーるどゆうとったやん。。)』

 

例2

娘:(@コンビニで)『おかしかってー。』

僕:『いい子にしてたらね。』

娘:『あたししってるよ?パパおかねないんだよね。だから買えないんだよね。あたしいーっぱいもってるからおとなになったらパパにかってあげるね。』

僕:『お、おう、頼むわ。』

娘:『でも、おかしかうのはおとなのしごとだから、やっぱりパパかって。』

僕:『だからいい子にしてたらね。』

娘:『パパおかねなくてかわいそうだね。』

僕:『・・・。(たしかにないわい。)』

 

5歳児、手強い。まーよくしゃべる。こないだ寝る前に、

『つまづいてもたちどまっても、ずっとかぞくでいようね、パパ。』

と寝る前に言われたときは、目ん玉飛び出るかと思った。よく聞いたら、ドラマ『マザー・ゲーム』の主人公のセリフと同じだった。完コピしてベッドに横たわりながら、少しカラダをくねらせて目をまっすぐ見ながら言うもんだから、真に受けてしまった。

 

師匠である元帥は、『一日一新』と題して、新しいことを1日1つ、日々の生活に取り入れている。新しいことに手を出すのはとても早いが、撤退するのも異様に早い。

一時期、『ボルダリングに行きますよ、ドドリアさん。』と言われて2回ぐらいご一緒したのだけれど、ブームになるかと思われたボルダリングは、元帥のなかでは不採算事業に仕分けされたようだった。原因は、筋肉が重すぎてどんなにしっかり石を掴んでも、ベチャっと背中から落ちるからというものだった。

『最近ボルダリングはどうですか?』とこないだ聞いたら、『あれはなくなりました。』と一言だけ言われた。最近ではドローンがご自身のなかで流行っているようだけれど、これもいつまで続くか分からない。

 

もう一人の師匠は一時期英語をかなりやりこんでいた。自分を追い込むための情報公開に非常に長けた方で、発行しているメルマガにもなんどもなんども英語学習の話が出てきていた。一日数時間、ド素人に近かった英語が、めきめきと上達している様子がよく分かった。

しかし、ある時期からそういえばと思って見てみると、英語の話が全然出てこなくなった。『そういえば最近英語はどうなったんですか?』と聞いたら、『そんなこともありましたねー。』とすっかり望郷的な視線を宙に漂わせながら話す感じになっていた。

 

昔の上司が、宴会で『今日は無礼講だ!みんなで飲もう!』と言っていたことがある。『無礼講』という言葉を実際に使ってる人を初めて見たのだけれど、上司がそう言ってるしなんだかその日は楽しくお酒が飲めそうな雰囲気はあった。

が、部下がお酒を並々と次いで学生ぽいノリで飲ませようとしたら、『てめー無礼じゃねーかこのヤロー!』とキレていた。宴会が始まって1分後のことだった。この人は現在、全国トップを争うマネージャーである。

 

子どもは成長が早い。何も意識していない大人に比べて何倍ものスピードで成長していく。そしてほんの一部だけれど、子どもに負けない成長率を誇る大人もいる。上記に挙げたような人たちだ。

成長がデフォルトな子ども、そして一部、成長が早い大人に共通した特徴がある。それは、

前言撤回が早い

てこと。日々の会話をちょっとだけ文字起こししてみたけれど、子どもの話なんてほとんど虚言に近い。言うことはコロコロ変わるし、変わる前の話を1ミリも憶えていない。間違ったことを言っていても、正しい知識を教えてあげたら、さも最初からそれを知っていたかのように振る舞う。

面白いけれどイラわせてくれる。最近どんどん面白くなってきてるので、芸人になったりしないか心配だ。

師匠たちも同様に前言撤回が早い。『自分の言葉に責任を持とう』という時勢に反するかのように、言うことがコロコロ変わる。反対に、あまり成長していない人ほど、言うことが一貫していたりする。あれ?反対じゃないの?とたまに思う。

 

なぜ彼らは前言撤回が多いのか?異様なスピードで前言撤回しているのか?それは、一言で言えば

高速で動いてるから。

という言葉に尽きると思う。物事に際して、やる前に分かることと、やったから分かることの間には、相当な差がある。情報量的には1:9ぐらいかな?

例えば、テニスは、『手ニス』に見えて実は『脚ニス』だ。一見すると手のスポーツに見えて、あるレベルを超えるとフットワークが勝敗を分けるようになる。世界一だったフェデラーは、ショットではなくフットワークが世界一だった。

一方、初心者〜中級者の頃はスイングに問題がありありのため、 とかく『手ニス』になりがち。必然的に、ある程度のコツを掴んだとして、それらは全てラケットのコントロールに関するもの、すなわち『手ニス』に関するものになる。

高速で動いている人、つまりガンガン練習している人は、どこかの段階で『手ニス』から『脚ニス』へと脱皮を図る。この時点で、その主張も変化する。『スイングはどうでもいいけど、フットワークが肝だね。』となる。ちょっと前まで、『バックスイングは肘から引いた方がバランスが・・・』とか言ってたくせにである。

外野から見ると、これは『前言撤回』のように見える。主張が変わるならまだしも、主張が真逆になることもよくある。が、繰り返すがこれは練習をガンガンしていることによって、次々と課題を克服する一方で次々と課題が出てきているからである。その人が一点に留まっていないことのなによりの証左が、前言撤回に表れている。

上記の事例でも、『無礼講と言った一分後に無礼だとキレた上司』以外は、みんな正しい前言撤回をしていた。必ずしも、一度言ったことを守り通すことだけが信念だったり誠実だったりするわけではないということだと思う。

高速で動いている人にとっては、見える景色は常に変わる。子どもも大人もそう。だから、彼らが言うことがコロコロ変わったとしても、それは仕方ないことなのであり、むしろ誉め称え、尊敬し、見習うべきことだったりする。なかには動いていないくせにコロコロ言うことが変わる人もいるけれど、そういう人はアウトオブ眼中でよろし。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。