ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

牛後となるも鶏口となるなかれ #746

time 2015/09/25


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世に有名な格言の多くは、大体正しい。

というのも考えてみれば当たり前のことで、人類が誕生してから数十万年もの間、とは言わないまでも、まともな生活をし始めてから数千年間で繰り返されてきた試行錯誤の末に考案された結果現代まで伝わる言葉なのだから、『こじはるは色白で柔らかくてスタイルが激ヤバで可愛い。』という真理と同程度の説得力はあると思う。

ただ、物事には原理原則があり、そして例外がある。例外だけあげつらって本質を見ないのも困ったことだけれど、原理原則に拘泥して一切その他の例外を認めないというのだとこれはこれで困る。

赤信号になった瞬間渡ってた人は全員逮捕なのか?といったらそうではないし、制限速度を5km超えただけで牢獄にぶち込まれた人を僕は知らない。

何事にも、原理原則があって、例外があっていい。

***

『鶏口となるも牛後となるなかれ。』という格言がある。大きな集団のなかで尻にいて使われるよりも、小さな集団であっても長となる方が良い、という意味だ。組織における話であればその通りなのかもしれない。

確かに、巨大組織のケツのケツだったサラリーマン時代と比べると、今は8割がた個人事業主のため、以前は全く見えなかった世界が見えていると自分でも思う。鶏口、というかノミ口ぐらいかもしれないけれど、確かにそのメリットは感じている。

・・・で。

つい先日から属しているある勉強会での話。そこの面子は今までの人生で最もレベルが高いと言えるかもしれず、面子は外資コンサル、外資金融、起業家、投資家、政治家、そして僕と、まるでレアル銀河系軍団に一人だけ草サッカーの補欠が入り交じったような構成になっている。

英語が話せるのが当たり前、海外赴任経験も当たり前。なかにはトリリンガルな人もいる。僕はトリンドルしか知らない。

はっきり言って、このなかで僕がアピールできることも、他者に対して与えられる付加価値も、あまりない。みんな本当にいろんなことを知っているし、話せば話すほど、僕は彼らに引き込まれていく。与えられた課題に対するアウトプットも、速いは正確だわで、ノロくてまごつく僕からすると羨ましい限りだ。

言葉を選ばずに言えばこの勉強会は、僕にとって’uncomfortable’だ。なぜなら、何一つ思い通りにならないから。課題はすこぶる難しく、みんなすこぶる頭がいい。だけじゃなくて、行動力もハンパじゃない。自分が議論をドライブできる余地などないに等しい。

完全に『牛後』な気分だ。

***

35歳になって思うことは、このところずっと『鶏口』なポジションしか持っていなかったなということだ。自分で勉強会を企画し、自分で回す。自分でコミュニティを動かす。こんなことをやっていた。

確かに渦を巻く力や、それを変化させたり継続させる力はついたと思うけれど、あくまで自分の枠内での仕事が多かった。ずっと’Comfortable’だった。

対して、今回は完全な『牛後』だった。そしてたった1日、準備期間も含めて数日間、膨大なプレッシャーにさらされたり超優秀な人たちと議論を重ねていくなかで、自分がめちゃくちゃ成長しているのを感じた。

自分がずっと感じていた違和感がすっきりと解消された気分だった。そうか、これか、これだったんだ。

***

最初の話に戻る。原理原則には原理原則そのものと例外があると書いた。『鶏口となるも牛後となるなかれ』という格言は、ある状況下においては、100%真実となる。それは、

『利食い局面』

極端な話、ものすごい経験とスキルのある保険パーソンであれば、巨大組織であるN生命に勤務するよりも、さっさと独立して小さくても個人代理店として動いた方が、年収は何倍にもなる。勤務医が開業する場合もそうだし、顧客から信頼されている証券マンが独立するときも同じような形になる。

マラソンでも先頭グループの最後尾よりも、2番手グループの先頭の方が沢山テレビに映るし、場合によってはスポンサーもその方が喜んでくれるのではないかと思う。

ところが、こと『成長局面』に関してはどうだろう?反対になると僕は思っている。

今回の勉強会で感じたのは、『自分がケツであることの唯一の価値は、ケツポジションであるが故に、伸びしろが上にしかない。』ということ。

周りが自分より優秀であるから、必死に勉強せざるを得ない。優秀な人たちだから、何を話していても勉強になる。一言一言に集中するから、結果自分の血肉になるスピードも普段よりずっと早い。

もし僕が企画した僕主体の勉強会であれば、今回のような不快感も危機感も感じることはなかったし、やりたいようにやっていたことと思う。完全牛後状態だったからこそ、やりたいことではなくてやらねばならないことを優先することが出来た。wantではなくてmustのなかで動くことができたと思っている。

『利食い局面』においては、『鶏口となるも牛後となるなかれ』がたぶん正しい。

しかし自分を鍛える『成長局面』では、『牛後となるも鶏口となるなかれ』がたぶん正しい。

ただし、さすがに大リーガーのなかに野球初めて2日の体脂肪35%のオヤジが参加しても、牛後過ぎて無理なので、そこそこほどほどに自分がケツにポジションを取れる場を探すべきであるとも思った。

また次が楽しみだ。お前は『牛』じゃなくて『豚』だろうというツッコミは遠慮します。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。