ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

『とにかく手数を打て!』と軍令を発したら悲劇が起きた話 #759

time 2015/10/08


 

先日、一般の能力は高いのだけれど、ある分野だけは著しく初心者な友人Iに対して、その初心者な分野に関して『とにかく手数を打て!』と命じたことがあった。

僕と彼は10歳違う。先輩風を台風カトリーナ並に吹かせながら、僕は彼に軍令を発した。

悲劇は、こうして起きた。

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囲碁は自由度のとても高い種目である一方、これだけはという数少ないルールがある。

ルール①最終的に陣地の多い方が勝ち。

ルール②その過程で相手の石を囲めば取れ、石が取れると有利になる。

ルール③あとはどこに置いてもよし。とにかく打って強くなるべし。

以上。いくつかの反則や決まり事があるものの、大体こんな感じ。これ以上でもこれ以下でもない。この数少ないルールのなかで、天文学的な数の打ち手の候補のなかから、『陣地の多い方が勝ち』という最大の評価基準を制するために切磋琢磨する。

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友人Iに、ある分野について軍令に基づいて手数を打たせたところ、囲碁で表現するとこういう状態になってしまった。(白)

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友人Iは確かに手数を打っている。勇敢にも、相手と同じ手数を発している。しかし、見て分かるように、友人Iはこのゲームに絶対に勝てないであろうことが5手打った段階で予想できる。

なぜなら、囲碁は『最終的に陣地の多い方が勝ち』というゲームだからだ。どう見ても黒が広い陣地を確保しそうで、白はこのあとも地べたを這いつくばりそうだ。

僕は、『しまった』と思った。ルール③『とにかく打つべし』については軍令を発したものの、よく考えたらルール①とルール②に関しては完全に伝え忘れていたのだ。

サッカーなのに手を使ってボールを運ぶことを是としてしまったようなもので、全く試合にならなかった。これは友人Iの責任ではなく、ルール自体を伝えなかった僕の責任である。ゲームにはルールがあり、ルールに基づいて勝利を掴むためには、定石というか、勝ち方のツボとかコツみたいなものがある。

それを伝えずにルール③だけを徹底させてしまった原因は、僕にあったようだ。

ちなみに友人Iが苦手な分野とは、ズバリ『女性との会話』である。あまりにウブでナイスな苦手分野だと思わないだろうか。ティラノサウルスの化石が等身大で発見されたぐらい、貴重だ。女性陣はこういう男を今のうちに唾まみれにしておいた方がいい。彼はきっと裏切らない。男子校で育って前職も男まみれだった友人Iは、初めてとは言わないまでも女性との会話は『1足す1は2!』みたいなレベルから始める必要があるとのことだった。

BTW、突然放り込まれた場にてあまりに定石外れな手(=会話)が多いので、『ちょっと喜んでみて』とこれまたとんちんかんな軍令を発したら、その『程度』を理解できなかったようで、こうなってしまった。動きが速すぎて、個人情報保護のために目を隠そうと思うも不可能だった。

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そうか、『とにかく手数を打て』というのは、ルールや定石を一通り理解させてから発するべき軍令だったか。

うっかりしていた。

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最近、スキルも知識も実績も根性も気合いも体力もない人までもが、猫も杓子も独立だ、という論調が席巻しつつあるように思う。ホリエモンがその急先鋒で、『大企業なんて意味ない。』、『起業すればいいじゃん。』という論調には一定の説得力がある。

でも思う。大企業で勤め上げるのって、信じられないぐらい立派なことだ。上下関係の決して覆らない役所に勤めるのは、もはや偉業だ。ベンチャーや起業が上で、サラリーマンが下なのではない。あくまで適性の問題だ。

が、独立するには独立するなりの必須要件がある。それは、

①自分でルールを創れること

②他人が作ったルールには従わなくても良いが、自分が創ったルールには従うこと

③常に変化し、しっかり稼ぐこと

これが出来ないなら独立なんてしないほうがいい。出来ないなら、出来るようになるまで企業で鍛えた方がいい。『あらー、立派ねー』と言ってもらえる大企業にいるほうが全然いい。人に縛られる方がずっとラクだ、と独立後に思う人は多い。稼がないフリーランスは、言葉悪く言えばただの自己満足だ。

これらの点を押さえずに、『とにかく手数を打つ』ことをしたとして、その成功率は限りなく低いと僕は思う。それは上記の対局のように、打った手数があさってを飛び越えてやなあさってな方向に行ってしまっていることが多いからだ。

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『とにかく手数を打つ』というのは大事。でも、その前にやることがある。知るべきことがある。

そういう意味では、入部した新入生に素振りをさせるテニス部や、ボールを持たせる前に走り込みをやらせるサッカー部は、的を得てることを自然とやってる気がする。前者はフォームの重要性を教えているのであり、後者はボールコントロールには足腰の強さが必要であることを教えている。

新人に、魚を捌く前に皿洗いや掃除をやらせるお店の大将も、『とにかく手数』の前にカラダで覚えてほしいことがあるからやらせてるのかもしれない。それは刃物や食器、食材、お店という器や先輩同輩に対しての感謝の心だったりする。

『まずやってごらん』というのはとても良い言葉なのだけれど、親が道路を渡る前に子どもに赤信号と青信号を区別させるように、伝えるべきゲームのルールがあると思った友人Iの悲劇だった。ただ女性の集まる場に呼んだだけなのだけど、友人Iにとってはラオスの地雷地帯よりも怖かったらしい。

心からお悔やみ申し上げます。

首の座らない赤子を、公園に連れていって遊ばせてはいけない。それが子どものためであっても。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。