『ぐぬぬっ』と歯を食いしばって耐えなければいけない批判こそ、成長のチャンス #760


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日本人の思考停止癖

今月のクーリエ・ジャポンには、日本Love、日本の文化Loveな人には到底受け入れ難い記事が載っていた。題して、

英国人アナリストの辛口提言 『日本が最高』は思考停止だ!

あまりに厳しい指摘ではあるもののも、よく読めばそのとーり!と納得せざるを得ない記事だったので、いくつか抜粋して載せておきたい。長いけど本当にどれも耳が痛い。

▼本当にクールジャパンは残念です。アニメやアイドルが好きな人ばかりを日本に集めていいのですか?自動販売機や四角いスイカを目当てに世界から観光客が来ると、本気で思っているんですか?

▼こうした思考法に、日本の『弱み』が表れています。すなわち、真剣に分析しないで、一方的な思い込みだけで戦略を立てる、というところです。最近の日本人を見ていて不思議なのは、外国から批判されると『日本のことなんかわかってないくせに』と頭から否定するのに、褒められたら一転してすべて真に受けることです。『外国人はお世辞を言わない』とでも思っているのでしょうか。

▼だから、京都は世界一の観光地だ、と思い込んでしまう。たしかに、米国の旅行雑誌が行った『来た人』に対する調査結果ではそうなっています。でも、それは潜在能力の話なんです。客観的な事実では、183万人しか宿泊していません。これは世界で96位だそうです。つまり、『これから来る人』を呼ぶための観光戦略はまったく機能していない。高いのは潜在能力だけであって、実行されたものではない。そこで自慢されても違うでしょ。(中略)従ってホテルは増えないし、渋滞もなくなりません。

▼あるいは、『和食が世界でブームだ』と言う人がいますが、これも思い込みです。『ぐるなび』で調べると、東京23区で洋食店は5618軒あります。これを基準に、ヨーロッパで和食店を東京と同じぐらいの普及率にするには何軒必要か計算してmみると、18万7257軒となります。ですが現実は、農水省の推計によると、わずか5500軒です。たしかに和食はおいしいですが、それを実際に海外で浸透させるような大規模な動きは存在していないのです。

▼思い込みの良くないところは、数字を見ないことだけではありません。相手の立場を考えていない、という問題もあります。日本人を対象にした『日本のどのようなところを世界にアピールしたいか』というアンケート調査結果によると、マナー、治安、サービスといったものが上位にきています。でも考えてみてください。あなたが海外旅行の行き先を考えるときに、その国のマナーや治安が旅の目的になりますか?ならないですよね。だったら、なぜ日本人にとって観光の動機にならない特徴が外国人になら通用すると考えてしまうのでしょう。

『おもてなし』を目当てに外国人観光客が来る、なんてことはあり得ないのです。実際、日本の観光客は増えていると言いますが、(中略)せいぜい1000万人を超える程度で、フランスの8分の1くらいにすぎません。しかも内訳は台湾や中国など、近隣のアジア諸国が大半です。ヨーロッパから日本に来る観光客の数は約100万人。数千万人を集める観光大国と比べると、いないも同然なのです。

▼要するに、上から目線なのです。外国人の考えに配慮することもなく、単に日本人が『強み』だと思っているものを押し付けているだけ。そういう意味では失礼ですらあります。『日本のおもてなしは世界一だ』と語ることは、間接的に『アンタの国のおもてなしはダメだ』と語っていることにもなるのですよ。

▼たしかに『良いものを安く提供する』という価値観はかつて経済成長に寄与しましたが、もはや日本は先進国なので人件費が高くなっている。そこで中国と価格競争をやっても勝てるはずがありません。これからはデザインやセンスのちょっとした違いで高く売れる商品を提供しなければなりません。つまり、『良い物を安く』ではなく、『格好いい物を高く』売るのです。これは、日本より先に人件費が高くなったヨーロッパ企業の戦略ですが、日本もすでにその必要に迫られています。

▼例えば掃除機、しばらく前に数千円まで値段が下がっていたものが、あの格好いいダイソンの登場で一気に市場が変わり、みんな高いものを買うようになりました。でもマネする日本企業は、ダイソンよりダサいデザインのものを安く出す。それは違います。せっかく価格帯が上がったのだから、そこで勝負できる商品を作らねばならなかったのです。

▼だから、本当にすごくて、国際競争に勝ち抜いている日本企業は、威張ってもいないですし、押しつけがましいアピールもしていません。何人かトヨタの人に会いましたが、威張っているような印象を持った人はいませんでした。『本物』はそういうことをしなくてもいいわけです。

▼もちろん世界一の日本人もいます。でもそこからが問題なのです。たとえばある日本人が、イタリアのピザ職人の大会で一番になると、なぜか日本のピザが全部世界一だ、という話になってしまう。トヨタが世界一だからといって、日本全体のものづくりが世界一だ、とはならないのです。(中略)勤勉な日本人がいるのも事実ですが、日本の生産性は世界26位です。『勤勉』を一般化できないのは明らかでしょう。一般化という思考停止を続けていては、日本人は自分の『伸びしろ』に気づくことが出来ないままですよ。

最後から2番目の、『トヨタには傲慢な人がいなかった』て話にだけは反対。僕が会ったことのある人は、グループ会社ですら傲慢だった。コイツら、友だちいないだろうな、と若かりし頃思ったものである。なのでトヨタ車にだけは頭下げられても乗らない。

しかしまぁ、どれも厳しいけど的確すぎてぐうの音も出なかった。しばらく色んな調べものしてて日本スゲーとか思ってたけど、久々に日本ヤベー!と思った。

真珠湾攻撃が成功しただけで戦争自体に勝てると思ったおめでたい思考だったり、ゼロ戦が強いからってそれ頼みだった日本対敗因分析しまくって改善改善で臨んできたアメリカの構図だったりがフラッシュバックした。

今で言うと、『組み体操で事故が起きた→組み体操は全て悪だ!』という一般化であったり、『同盟国がやられたらやり返す権利を使えるようにします→戦争したいのか!』という一般化であったり、『福山雅治が結婚した→もう世界は終わりだ!』という一般化であったりが当てはまる話なのかなと。

 

ある組織での一般化病について

友人の所属するある営業組織では、マネージャーが相当にとんちんかんなことしかミーティングで言わないらしい。その友人の属する支店は全国有数の成績を収めている支店で、全国で知らない人はいない。

ある日のミーティングで、マネージャーが言った。

『皆さん、我が支店は生産性で全国ナンバーワンで、ほんとにどの支店と比べても並外れてます。素晴らしい皆さんの力を結集して、今月もがんばっていきましょう!』

普通ならここで、よっしゃ今月もやろうぜ!となるのが全国ナンバーワンの支店のイメージ。しかしそうはならなかった。むしろ、鼻白んだような顔つきの面々がほとんどで、何人かはため息をついていた。

理由は、支店を引っ張る数人がバカ売れしているだけで、あとは青息吐息の数字しか挙げていなかったからだ。そりゃそうだろう。売れてない人間が9割なんだから、雰囲気が良かろうはずもない。

しかし、数字を丸めて全体で割ると、全国1位。そしてマネージャーは、その全国1位なことを誇らしげに語っていた。残り9割の売れていない人たちへの改善策の提示や、作戦の見直しの提案などは何一つ無かった。本社から見ても、総合的な数字が良い限りは何も言わない。結果、売れてない人は売れてないまま、一年を終えることになる。

過度な一般化が、悲劇ところか喜劇にすらなった例だと言える。

精神論やポジティブ思考は、僕は大事だと思っている。しかしヤムチャがフリーザ様に挑むときには、精神論の前にどうやったら強くなれるかの具体的な方策の方が1000倍ありがたい。悟空とベジータとトランクスがぶっちぎりで強いからといって、頭数で戦闘力の総合値を割って『Z戦士は最強!』とか言ってセルとその子供たちに挑んだら、ヤムチャと餃子と天津飯あたりは瞬時に殺される。

 

登山家は決して山に逆らわない

どんなに鍛えた登山家も、山のオーダーには絶対に逆らわない。三浦雄一郎さんにしても、栗城史多さんにしても、『これ以上登ったら殺すかんね。』という山からの警告に対しては、本心が拒否したとしても従う。山からの批判は受け止めないと、命を失うと知っているからだ。

同様に、僕たちにとっても、受け止めなければいけない批判というのは、やはり存在する。勿論、何もやっておらず、口先だけの批判を飛ばす人が少ないわけではない。というか、世の中そういう人ばっかりだろう。そういう人は無視しても良い。

また、やってきたが故にそれを自分のなかで万物に通じる一般論として体系化し、押し付けてくる有力者もいる。これも参考にはするものの、無視してよい。もしイチロー選手がラグビーの技術に関して批判をしてくるようであれば、それはあのイチローとて、ラグビー選手の皆さんは聞く必要はない。イチロー選手から聞くべきは野球あるいは努力の仕方に関する批判の話である。

でも、心が反発したとしても受け止めなければいけない批判もある。人生経験豊富な親が子どもに『この道路は危ない』と言ったならば、それはやはり本当に危ないのだ。ペルー在住10年の人が、『クスコの街は夜に歩くと危ないよ』と言ったら、それもやはり本当に危ないのだ。

世界と日本の両方を見ている方が書いている日本批判、日本人の気質批判。これは、受け止める価値のない流言だろうか?それとも、受け止めないとヤバい山からの警告のようなものなのだろうか。ここをしっかり受け止められるか否かで、次のステップに踏み出せるか、永遠に現状に留まるかが決まると思う。

昨夜、『お風呂の椅子にお尻が挟まると危ないから買い替えておいたよ』という、奥さんからの意味不明なメールが届いていたが、『俺の尻が風呂の椅子ごときに挟まるはずがない!』と撥ね除けそうになったが、大変なことが起きてスゴい挟まれ方をしそうな気がしたので受諾しておいた。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!