ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

好き嫌いだけで全てを語るのは果たしてどうかと思う #762

time 2015/10/11


 

世界中をバックパック背負って一人旅したい!という夢を持ちながら、一人旅の魅力に気づくのが遅すぎた(友人は大学1年時から行ってたが、僕は4年の夏休みで気づいた。でその直後に就職。)のと、その後一般サラリーマンと化してしまったため、そして今や扶養家族に囲まれているため、なかなか一人旅に行けていない僕。

世界100カ国を旅したいのだけれど、まだ20カ国程度。道半ばどころか1/4にも満たず、どんどん歳をとっていくのが怖い。

少なからず諦められない夢のシミュレーションをするために、最近読み始めたのがこちら、世界新聞。様々な地に脚を運んでいるライターさんたちが、現地の生々しい話を伝えてくれる。

そのなかで、『ほんとそーだよなー』と思わされたのがコチラのエントリ。

仕事は好き?ポトシ鉱山の坑夫「バカな質問した」と後悔した話

どんな話かというと、概要は以下の感じ。

▼ウユニ湖ぐらいしか観光資源のないボリビアにて、ポトシ鉱山で働く坑夫に会えるツアーがある。

▼坑夫は、気温40度近い鉱山内部で1日8時間、粉塵にまみれながら、それによって肺を痛め寿命を明らかに縮めながら働いている。

▼坑夫たちは、『坑夫に会えるツアー』という自分たちを見せ物にしたツアー客に嫌な顔一つせず、対応し、黙々と働いていた。勿論差し入れ(タバコとか炭酸飲料とかアルコールとか)を引き換えに持っていくからってのもあるけれど、なかなか出来ることではない。

▼そのなかでリーダー格と思われる御歳70歳の坑夫に『仕事は好き?』と勇気を出して筆者が聞いてみたら、坑夫はきょとんとしながら、『昔からやってきたからな。』と一言だけ答えた。

▼筆者は、『バカな質問しちまった。』と後悔した。彼ら坑夫は、好き嫌いを超越した次元で仕事をしている、と気づいた。

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現代日本に暮らす僕たちは、たぶん世界一恵まれた環境にいる。美味しい水、ほぼ保証された安全、食うに困らない環境、手厚い社会保障、アテにならないとはいってもまだまだ元気な年金、美味いご飯。危ない危ないとは言いつつも、やはり事件に遭う可能性は限りなく少ないし、信号を守らない車などほとんどいない。

仕事1つとっても、いくらブラックブラック言ってたって、粉塵を長年吸い続けて寿命が縮むことを黙認するかのような仕事は、日本にそう幾つも残っていない。

そういう恵まれた国に暮らす僕たちが、今現在物事の判断材料としがちなのが、『好きか嫌いか』という基準だ。断っておくと、僕は好き嫌いが多い。

こじはるは大好きだけど、渡辺まゆゆは嫌い。AKBにいた前田あっちゃんは好きだったけど、独立したあっちゃんは嫌い。Daigoはいいヤツだと思ってたけど、北川景子を奪っていったから嫌い。色黒マッチョには憧れるけれど、色白細身男子はほぼ無条件で嫌い。『きのこの山りんごミルク味』は好きだけど、『きのこの山 ノーマルタイプ』は嫌い。森ビルに生息するギャルは好きだけど、森ガールは嫌い。

という感じで好き嫌いのあるヤツが何を言うと思われるかもしれないけれど、全てを好き嫌いで判断する『好き嫌い至上主義』みたいなものは、果たしてどうかなと思う今日この頃。

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趣味に関しては、『好き嫌い』で全てを判断して良いと思う。『好き嫌い』なんて人生の文脈でどうにでも転ぶものなのでアテには出来ないのだけれど、それでもやはり現時点という時間軸で見れば、好きなことはやっているし、嫌いなことはやっていない。

不思議なのは、昔嫌い(というか知らないだけだったけど)だった走ることと囲碁を、今は趣味の主力としてやっていること。逆に好きなテニスやサッカーはほとんどやっていない。これ不思議。

『知り合い』ではなく、『友人』と呼べるレベルの大切な関係性の人たちも、やはり『好き嫌い』で選ぶことはアリだ。というかそれしかない。師匠は強烈に好き嫌いの激しい人で、それゆえに彼の周りにいる人間たちは、基本的には師匠がなんらかの形で好意を持っている人たちだ。

小学生から中学生、高校生、大学生と成長し、自分の専攻や進路を考えるときも、『好き嫌い』は判断の基本になる。僕は『KOボーイ』という響きにそそられたのでそこに入り、『外資系』という響きにそそられたのでソッチ系に入った。今思えばどうしようもない考え方だけど、当時はそうだったのだから仕方が無い。

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一方、世の中で一般的に『義務』と呼ばれているものがある。憲法には教育、勤労、納税の義務が綴られているし、まぁ普通に考えてトイレを流すのも、困ってる人がいたら助けるのも義務だ。

旦那の義務はきちんと仕事をして家族が食えるように稼ぐことその他諸々で、奥さんの義務は専業主婦であれば子育てや家を守ることその他諸々。親であれば子どもに歯を磨かせること、お風呂に入れること、汗をかいたら着替えをさせること、勉強をみてあげること、好き嫌いなく食べさせることが義務。一方の子どもは、歯を磨くこと、お風呂に入ること、汗をかいたら着替えること、勉強すること、好き嫌いなく食べることが義務。

当然じゃないか、何を当たり前のことを。

そんなふうに思ってる人がいたら、その人のことは僕はあまり心配していない。

心配なのは、それらの義務ですら、『好き嫌い』という判断軸で、好き=やる、嫌い=やらない、という選択をしている人が増えているように思えることだ。

一部の親は、子どもが宿題が嫌いだからと宿題を出さないことを学校に要求したり、一部の子どもは、好きなものしか食べたくないといって揚げ物ばかり弁当箱に詰めてもらってきたりする。働くのが嫌だからといって家にこもってる妙齢の男女もいれば、子どもが嫌だと言えば歯磨きすらしない親もいる。

そんなんでいいのかね?義務にまで『好き嫌い』を持ち込んだら、国が崩壊するんじゃないのかね?
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思えば、戦後からバブル崩壊前後に至るまで、選択肢が『働く』しかなかった頃のサラリーマンの人たち、そして『家を守る』しかなかった奥さん方、つまり僕のじいちゃんやオヤジおかん世代の人たちというのは、本当にエラかったと僕は思う。

『好き嫌い』という判断軸を意思決定の材料として持ち込むことはほとんどなく、やるべきことはやるべきこと、そうでないことはそうでないこととして、明確に区別して、必要なことには即取り組み最後まで完遂していった。

これを盲従とか妄信と蔑む動きもあって、今こそ自由の時代だ!と喝采する考え方もあるみたいだけれど、僕は完全な自由こそが人間を不自由にすると思っているし、ある程度の規制や決まり事は、人生を豊かにすると思っている側の人間なので、今の『義務にすら好き嫌いを持ち込む社会』には、少なからぬ疑問を持っている。前述の、

好きか嫌いかに関わらず、やらなければいけないことだからやる。

という、ポトシ鉱山の坑夫の淡々としたコメントからは、僕たち日本人が忘れがちになっているものががっつりと含まれているような気がしてならない。子どもが『ピーマンヤダー』といったら、泣かしてでも食べさせる親でありたい。

ちなみに僕、35ちゃいにして、今まで大嫌いで手を付けてこなかった白地へのテレアポを始めました。とりとめも結論もない話ですんまそん。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。