「意識高い系」の方が「意識低い系」より100倍マシ #778


 

「意識高い系」というのは、ここ1年ぐらいで出てきた言葉なのかな。基本的には褒め言葉というよりは、少し蔑みの念を感じさせる表現に聞こえる。

朝活、セミナー、読書、仲間、自己投資。。挙げればあげるほど意識が確かになるほど高いが、これらが蔑視の対象になっている世の中はちとヤバいと感じる。

ただ、金正恩が北朝鮮に君臨しているように、アメリカが戦争を決して終わらせないように、女性が生理前にイライラするように、理不尽だったり不合理に感じることにも、一定の理屈や理由があったりするのが世の中。

「意識高い系」がやや否定されがちなのも、なんらかのそれなりな理由があると感じている。

***

僕が思うに、「意識高い系」の人を揶揄するのは、大体が「意識低い系」の人たちだ。

▼うわ、なにそんなに朝早くからがんばっちゃってんの?

▼うわ、なに長時間労働とかがんばっちゃってんの?

▼うわ、ゲームの方が楽しいのになに本とか読んじゃってんの?

こういうコメントを吐く人というのは、自身が遅起きで短時間労働で本を読まない人だ。

世の中の法則と言えるのかは分からないが、「持っている人」と「持っていない人」がいた場合、前者は後者をあまり意識しないが、後者は前者を強烈に意識する、もしくは否定する傾向にある。

お金持ちは貧乏人をそう意識していないが、貧乏人はお金持ちのことがキライだったりする。(なので僕、お金持ちキライです。)学歴がある人は学歴がない人のことをそう意識はしていないが、学歴がない人は学歴がある人に対して時に強烈に反発する。

赤子を抱えたままベビーカーとともに電車に乗り込む奥さんにキレてる人は、大体子どもがいない人だったりする。子どもがいる人が、子どもがいない人に対して何もされてないのに反発心を持つことはあまりない。ラーメン二郎の店の前に並んでるときには、二郎店内で食べ終わってダラダラとシーハシーハしてる人が心の底から許せない。

ということで、意識が高い人をバカにするのは、同じ意識の高い人よりは、低い人の方が多い。

***

もう少し考えてみると、「意識高い系」のなかでも、揶揄される対象とされない対象の人がいることが分かる。揶揄されるのは、意識が高く、パフォーマンスが低いと思われる人たちだ。

1、意識が高く、パフォーマンスも高い人

2、意識が高く、パフォーマンスが低い人

3、意識が低く、パフォーマンスが高い人

4、意識が低く、パフォーマンスが低い人

の4種類に分けると、つまりは4が2を揶揄しているという構図になる。1は4から見て全く歯が立たないため相手にできず、3は色んな理由から世の中には存在しない。

例えばあまり野球にコミットしていないがセンスが超一流の選手(=意識が低く、パフォーマンスが高い人)がいたとして、その選手はセンスの高さゆえに活躍するごとに自分のプレーがいかに多くの人に夢を与え、希望となっているかを思い知らされることとなる。そうして人々の注目を得て、応援されることでいずれは勝手に意識が醸成される。1の「意識が高く、パフォーマンスが高い人」になっていく。

そういう意味で、3は存在しないのだ。

***

ところで、意識とパフォーマンスの関連はどうかというと、これは間違いなく意識が先、パフォーマンスは後だ。脳が指令を出して、初めてカラダが動くのと同じ。アナキン=スカイウォーカーがいて初めて、ルーク=スカイウォーカーがいるのと同じだ。秋元康がいて、AKB48がある。ただし、こじはるだけはAKBがなくても世に出ていたと確信している。

努力があって実力がつくのだが、それは努力をしようと思う意識がないと、そもそも始まらない。

ということを考えれば、2の先に1があることになる。「意識が高く、パフォーマスの低い人」の時期を経て、「意識が高く、パフォーマンスも高い人」になれるということだ。4から1に一足飛びにいくことは出来ない。必ず、「意識は高いがパフォーマンスは低い」という境遇に耐えねば、1にはいけない。

「意識は高いがパフォーマンスは低い」人をバカにする「意識は低くパフォーマンスも低い」人は、蝶になる前のさなぎを見て、「うわ!なに真剣に縮こまっちゃってるの!キモ!」と言っているに等しい。

そんなの、虚しいだけだということに早く気づけばいいのに。

※本ブログは、意識が高く、パフォーマンスが低い人罪が書いております。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!