ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

過去に僕が絶対的だと思ってきたが、結果としてそうではなかったもの #786

time 2015/11/05


 

徒然に思った結論のない話。

「終戦のローレライ」を読んだ。読むのが5回目ぐらいで、うち4回ぐらいはウルっときている。良い小説だ。

終戦のローレライは、第二次世界大戦を日本、アメリカ、ドイツを舞台に描いた作品。今の僕たちが暮らす平和な世界がいかにして成り立ったのか、フィクションではあるけれど圧倒的なリアリティを以て魅せてくれる。

今ある現実は偶然と綱渡りの産物で、決して既定路線の延長戦上にあるわけではないということを思い起こすのにぴったりな小説だ。この作者の小説は、「亡国のイージス」とあわせて読んでみていただきたい。

僕は幼い頃から、「絶対的な存在」と思われるいくつかのモノやコトやヒトに囲まれて育ってきた。そしてどうやら、それはそのときに絶対的な存在だっただけであって、その絶対性が永遠に続くわけではないということがようやく最近分かってきた。

***

僕にとって最初に絶対的な存在となったのは、親だった。まぁ誰しも生まれたときからしばらくはそうなんだと思うけれど、僕の構成していた世界の全てを管理し、作っていたのは親だった。

親というものは自分が大きくなるのと同様に大きくなるものだと昔は思っていた。そうじゃない、ということに初めて気づいたのは、大学生ぐらいだっただろうか。一度も勝てなかった親父にケンカで勝ち、母親がその母親、つまり僕にとっての祖母を失ったときだった。予想外に弱くなってた親父に驚き、母親の母親を亡くしたことで、母親もそれなりの年齢なんだと遠隔的に感じたものだった。

子どもの頃はハードで言えばファミコンとスーパーファミコンが絶対的な存在であり、ソフトで言えばスーパーマリオやスト2、ドラクエⅤやFFⅣが絶対的な存在だった。これらより面白いゲームは他にないと思っていたし、そのブームは永遠に続くものと思っていた。

しかしその後もプレステ、任天堂64、セガサターン、Wiiなどが市場には出回り、あろうことかエニックス(ドラクエの会社)とスクエア(FFの会社)はいつのまにか経営統合していた。「スパルタンエックス知ってる?」と聞いて知らないという人の方が多くなってしまった。

サッカーをやっていた頃はJリーグではヴェルディが、海外サッカーではセリエAとユベントスが絶対的な存在であり、ヴェルディもセリエAもユベントスも、永遠にサッカー少年が憧れるものだと思っていた。

しかし気づけばヴェルディはJ2に落ち、セリエAはリーガ・エスパニョーラやプレミアリーグの後塵を拝すようになり、ユベントスは不正問題で制裁を加えられるまでになっていた。ヴェルディが落ち、ユベントスが堕ちたときに、なんとなくサッカー観戦に興味を失ってしまった。

***

「飯島愛」と言えば、お世話にならなかった男子生徒はいないぐらい、人によってはイエス・キリストよりも尊い存在だった。しかし彼女は数年前、自宅で遺体となっているところを死亡から数日遅れで発見された。僕の青春の1ページが閉じた瞬間だった。森高千里が「17歳」ではもはやないということにもショックを受けたし、「私がオバサンになっても」と言っていたそのものズバリの年齢に達していることには、隔世の感を感じざるを得なかった。

ZARDの坂井泉が亡くなったときは、そういえば初めてまともに買ったCDは「負けないで」だったことを思い出して悲しくなり、酒井のりぴーが覚せい剤所持で捕まったときはだいぶ凹んだ。不老不死に見えたマイケル・ジャクソンは、いつの間にか天国への扉を開いていた。

そうそう、ジャンプ黄金期だったんですよ、僕の子ども時代は。「ドラゴンボール」、「スラムダンク」、「幽々白書」、「ダイの大冒険」の4銃士は永遠に続く最高の漫画に思えた。月曜に190円で売り出されるジャンプを土曜日に仕入れられたヤツは神とされ、その仕入れたジャンプを300円で売ることが出来た時代だった。

今のジャンプは読むにあまり値しない。マガジンもイマイチ。今読むことを義務化すべきなのは、「キングダム」のみとなってしまった。漫画がここまで廃れるとは、あの頃思いもしなかった。

結構最近まで、アメリカこそ正しく、ロシアやアラブ、そして何より日本は間違っているのだと思い込んでいた。僕の親父は外資系に勤め上げた人間で、そういう意図があったわけではないものの、僕のなかでは米高日低となっていた。

ところが歴史の勉強をすればするほど、別にアメリカが正しいわけでも、ロシアやアラブ、日本が間違っているわけでもないのではないかと思うようになった。全ては相対的な出来事で、一方を知って一方を知らないから評価が一方的になる、という当たり前過ぎる当たり前な事実に気づくのに、二十数年を要した。ホントに無知だったと思う。

ISを攻撃する明確な理由を持たないロシアがISに空爆をしかけ、ISを世界の警察として攻撃すべきアメリカが裏でISを支援していたという事実は、正義と悪の勧善懲悪でしか物事を知らなかった自分には理解出来ない世の構図だったろうと思う。

「絶対的」と思ってきたことのほとんどは、絶対的ではなかった。そんなことを感じた35歳。

最初に言った通り、結論はない。諸行無常で、万物は変化するものなのだって話。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。