初心者に見えるもの、上級者にしか見えないもの #792


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「囲碁三段コンサルティング」なるものを受けている。「ド素人から半年で五段を取る!」と意気込んでいたわりには、既に1年経過して初段止まりの伸び悩む僕のために開発されたプログラムだ。

本を読んでもおらず、セミナーに通ってもおらず、勉強もしていない人は、まずは本を読み、セミナーに通い、勉強をすれば良いと思う。自分の未来のために時間とお金と意識を割けない人間に、未来を今より大きくする資格はない。

しかし本を読んでも変われず、セミナーに通っても変われず、勉強をしても変われないとお悩みの方は、囲碁をやってみると良いと思う。じGだらけの碁会所に行っても意味はないし、囲碁本を読むだけでも意味はない。学びや自己成長、ビジネスの成功のために多少の時間とお金と意識をコミットできる人は、こちらにお問い合わせ願いたい。

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「囲碁の実力」というのは、実は極めて測りにくい。英検やTOEICのような統一試験があるわけでもないし、日本棋院にその判定基準が設けられているわけでもない。

ほとんど「自称」の世界なので、「私は初段です。」、「私は5級です。」というありそうな自称以外にも、「私は強めの五段です。」、「私は弱めの四段です。」といった、「メロンパンっぽいカレーパン買ってきてください。」みたいな表現もある。

しかも、

▼初段になれない人は何年やってもなれない。ずっと5級ぐらいの人もいる。

▼でもセンスある人は結構すぐなれる。(←今ココ)

▼初段と三段はあまり変わらない。(←今ココ)

▼三段と四段もあまり変わらない。

▼でも四段と五段はだいぶ差がある。

▼さらに五段と六段はだいぶ差がある。(←師匠1はココの前者)

▼さらにさらに六段と七段はだいぶ差がある。(←師匠2はココの前者)

▼七段と八段はそれ以上に差がある。(←師匠3はココの前者)

▼八段とバリバリの現役プロとの間には、埋められない差がある。(←師匠4はココの前者)

というような序列があるようなのだけれど、それらを測る基準が2人の間の対局しかないという不思議。

師匠も、「初段と三段はほとんど変わらないのだけれど、ちょっとだけ差がある。」と言っていた。言っていたが、「もうちょっと頑張れ」という上司のセリフと一緒でなんら具体性がなかった。僕はどこまで頑張れば良いのか、正直分からないでいた。

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そこに出てきたのが冒頭のシート。

「棋力」の一言で片付けられている漠然とした囲碁の実力が、克明に細分化されていた。

▼構想

▼形への明るさ

▼読み

▼形勢判断

▼忍耐

▼時間配分

▼計算

▼自信

▼センス

▼運

▼総合評価

10個の要素とその総合点で今の強さが計測できるというもの。よく見ると「読み」や「形勢判断」のような囲碁に直結するものから、「忍耐」、「運」など一見すると囲碁とは関係なさそうなものまで含まれているのが面白い。

今僕は総合が19点なので、これを30点に出来れば三段合格は確実となるのだとか。「自称ビニールハウス育ち」な公認会計士の盟友ザックは、16点。努力も決断もしたことがないというザックに、「自信」の項目で負けたのはショックだった。器の小ささが出てしまっていたようだ。

これから2ヶ月。がんばるっす。

※自称ビニールハウス育ち野郎

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さて、僕やザックは初段とはいえ、まだ初心者に毛が生えたようなものだ。初段とはいえ、まだまだ初心者と言って良い。僕は受験にしても囲碁にしても、無理矢理帳尻を合わせて合格を勝ち取りはするのだけれど、反対に言えば実力はその地位に見合ってない、ということが多い。

「初段」というランクも、ラッキーパンチでもらったようなものだ。

その初段の僕からすると、囲碁はいまだに「勝ったか負けたか」ぐらいしか分からない。「勝ってるか負けてるか」は実はいまだよく分かっておらず、勝負がついてはじめて「勝ったか負けたか」が分かる程度。「なぜ勝ったか、なぜ負けたか」もちょっと怪しい。

しかし師匠たちの会話を聞いていると、「あ、今逆転しましたね。」、「あれ?またまた逆転しましたね。今のは良い手です。」、「20手目が敗着(負けを決定づける手)でしたね。」と、一手一手に至るまで意味と形勢が分かるらしい。見えているものが全く違う。

初心者である僕に見えるものと、上級者である彼らに見えるものとでは、情報量として10倍から100倍の開きがあるように思う。今回のシートも、「強さ」という基準を10カテゴリに対してそれぞれ4分割してくれた。これで自分がどこが強くてどこが弱いか、どこを強化すべきかが一目瞭然。ありがたい限りだ。

ただ「強くなれ」と言われても、どこをどうしたら良いか分からない。

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結婚式の記念撮影で、カメラマンの人が「はい、2列目の右から3番目のお父さん、1歩だけ左にお願いします。」、「花嫁さーん、右肩1cmだけ下げましょうか。」とか叫んでいるのは、素人からすれば「どっちでもええやん、そんなの!」と言いたくなる。

しかし彼らには見えているのだろう。その1歩、1cmが致命的な差となって、写真に現れることを。

そういえば僕の仕事でも似たようなことがある。一般顧客は通常、よほど知識のある人を除けば、「高いか安いか」、「戻りが良いか悪いか」しか最初は見ていない。これは保険が目に見えない商品であるという特性上、仕方のないことだと思っているし、その誤解偏見勘違いを解いて未来への一歩を踏み出していただくために僕たち専門家がいる。

僕たち専門家が見ているもの、見えているものは、保険に関して言えばやはり一般人のそれの10倍どころか100倍はゆうに超えているものと思う。

もし目の前にいる人が専門家、自分がそうではないのだとしたら、言われたことには素直に従ってみたら良いと思う。例外はあれど、大体はそれがその道において正解だからだ。

ただし!素人、初心者に対して専門用語でしか話せない専門家は、僕はブルシットだと思っている。超サイヤ人の孫悟空に世界経済の話をするようなものだ。伝わるとは思えない。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!