ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

「70%野郎」からの脱却 #793

time 2015/11/12


※一部性描写が入ります。その手の表現が不愉快な方はご遠慮ください。

ここ数ヶ月、勉強嫌いな僕が新たな分野の勉強を始めている。その仲間内で「チンピラ」と呼ばれている人間がいる。今日はその「チンピラの憂鬱」の話。

***

ある日の回のスピーチで、チンピラは言った。

「僕は70%野郎なんです。それが悩みです。」

どうも自分は70%しか出せない。よほど追い込まれない限りは100%が出せない。普段から100%を出したいのだけれど、無意識にセーブしてしまう。まるで陵南の仙道くんみたいだ。仙道くんは強敵が現れたら100%を出せるからいいけれど、今の自分はそんなこともできそうにない。どうしたらいいんだろう?

・・・というのがチンピラの悩みだ。

こんな情けない言葉を吐いているチンピラはさぞかし気合いに欠けた軟弱野郎なのだろう。このエントリをお読みのアナタはそう思ったかもしれない。

しかしチンピラはラグビーだかアメフトだかをやっていたせいもあり、戸愚呂100%みたいな立派なカラダをしていて、エメリヤーエンコ・ヒョードルを2回りぐらい小さくした程度の巨漢だ。ケンカしたらまず95%の日本国民は勝てない。加えて、歩き方もチンピラみたいで人格を知らなければ非情に怖い。

平たく言うと、サラリーマンのおっさんが足を踏まれて「あぁ?」とキレて顔を上げたら自分の1.5倍ぐらいデカい筋肉の塊がいて、そのサラリーマンが瞬間的に身のキケンを感じて「あ〜いう〜えお〜♫」と発声練習でごまかすようなイメージ。見た目は修羅。

そのチンピラの悩みが前述の「70%しか出せない。」というもの。まぁ戸愚呂100%的なチンピラが本来の力の70%しか出せてないとしても、弱い妖怪は溶けてなくなるぐらい強烈だし、そもそもチンピラが100%を出すってことは戸愚呂142%ぐらいになるわけで、それはもはや妖怪ですらなくただの化物。今のまま70%で十分なんじゃない?と思った。

なぜなら鍛え抜かれたカラダに加えて理知的で優しく面白く、非の打ち所はないように見えるからだ。本人にしか分からない鬱憤があるらしく、どうやったら100%の自分になれるのか?研究に余念がないようだった。

※戸愚呂100%はこちら

***

「100%を出すにはどうすれば良いか。」と問うたチンピラに対して、チンピラの師匠はこう言った。

「100%出せばいいじゃん。」

 

この噛み合っているようで全く噛み合っていない会話は、しばらく続いた。

チンピラ:「で、その出し方が分からないんですけど、具体的にどうすればいいんですかね?」

師匠:「簡単だよ、出せばいいんだよ。」

チンピラ:「でも出そうと思って出せるもんでもないじゃないですか。こう、心理的なブロックがあるというか。」

師匠:「あーそれね、それは出せば解決するよ。」

チンピラ:「うーん、なんというか、こう、それはどうやればいいんですかね?」

師匠:「出してみろって!」

 

この会話、「100%」とか「本気」がイメージしにくければ、「うんこ」に置き換えてみれば分かりやすい。

チンピラ:「で、(うんこの)出し方が分からないんですけど、具体的にどうすればいいんですかね?」

師匠:「簡単だよ、(うんこ)出せばいいんだよ。」

チンピラ:「でも(うんこは)出そうと思って出せるもんでもないじゃないですか。こう、心理的なブロックがあるというか。」

師匠:「あーそれね、それは(うんこ)出せば解決するよ。」

チンピラ:「うーん、なんというか、こう、それはどうやればいいんですかね?」

師匠:「(うんこ)出してみろって!」

言ってることが正しいのは師匠であり、間違ってるのはチンピラである。うんこをしたいのにしないチンピラは、そのうち病院に運ばれることになる。したいならすればいいのだ。

うんこをしたいのにしない。なんてブレイブハートなんだ、チンピラ。

***

ところが、僕はこの会話を聞いていて、論理的に正しいのは師匠だと思ったが、強く共感したのはチンピラのほうであった。

なぜなら、僕も70%野郎であり、肛門が100%開かないことを悩んでる一人だからだ。

追い込まれたら100%発揮できるのはチンピラと一緒。100kmマラソンやアイアンマンでは、100%を出せたと思う。しかし日常生活では、強敵が現れない限りすぐにセーブしてしまう。そして知らずのうちに、100%の出し方をだんだんと忘れてしまう。

100%を出したいのに70%しか出せないというのは、やる気の問題とか怠惰だとかそういうことではなく、結構深刻な問題なのだ。世の中には、うんこをしたくても出来ない人もいるのだということよ。

孫悟空は悟飯に対して、「怒れ!怒れば超サイヤ人になれるぞ!」と言った。悟飯は、「どうやって怒ればいいのか分からないよ、おとうさん」と返した。怒りたくても怒れないサイヤ人だっているんだ。

うんこに例えれば下劣に感じ、超サイヤ人に例えれば神聖極まりなく見えるこの問題、分かる人にはすごーく分かるし、分からない人には全く分からない話なのではないだろうか。

結局、チンピラと師匠の対談は、最後まで笑顔のまま、全く噛み合わずに終了した。二人は仲良しなので何の問題もないように見えたが、僕には異なる人種の異文化コミュニケーションにしか思えなかった。プーアル(ヤムチャの手下)とアプール(フリーザ様の部下)ぐらい違うように見えた。

***

よく、「学校と違って、世の中の問題には、答えがない。」というようなことが言われている。

前は僕もその通りだと思っていたけれど、最近どうも違うのではないだろうかと思うこともしばしばだ。今回のケースに関しては、明らかに「答えはある」。100%を出したいのだから、出せば良いだけの話だ。

一方、世の中の問題の多くも、結構答えがきちんと存在している。

平和は良いことだ。戦争はいけない。

人を助けるのは良いことだ。人を殺すのは悪いことだ。

68kgぐらいの細マッチョは良いことだ。85kg以上のデブはいけない。

コーヒー牛乳は最高の飲み物で、コーラは最悪の飲み物だ。

「きのこの山 りんごミルク味」には言いようのない魅力があり、「きのこの山 オリジナル」には興味がない。

こじはるは素敵だ。でもまゆゆはどこが良いのか理解出来ない。

どれも答えは明白で、立場によって正義が異なるという類いのものではない。

多くの人が悩んでいるのは、その答えへのたどり着き方であって、答えそのものに対してはどうしようもなくagreeしているはず。そして「現在地と目標を一直線に躊躇無く線引き出来て爆進できる変わり者」という人種はわずかながら存在し、そういう人たちは一般人の悩みそのものが理解出来ない。

面白いことに、どちらもお互いを宇宙人だと思っている。

色々考えてはみたものの、やはりうんこがしたければうんこをするしかない、というのが今の結論。70%野郎が100%やろうになるには、まずは71%野郎になること、次に72%野郎になること。だんだんと100%野郎に近づいていくしかない。

チンピラは僕と同じ結論に達したようで、戸愚呂100%みたいなカラダを震わせながら、

だ、出します!!!

と叫んでいた。

トイレ以外で余計なものが出なければ良いが。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

ラオウを目指す羅王のブログ

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。