ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

「トリコローラーたちに対する違和感」に対する違和感 #797

time 2015/11/16


 

11月13日、パリで同時多発テロが発生し、120名を超える犠牲者が出た。IS(イスラム国)が犯行声明を出していて、「僕が知る限り」は9・11に続いて最狂最悪のテロとなってしまった。

連日、テレビではフランス大統領の非常事態宣言や各国の弔意に関して報道しており、「テロとの戦い」が「イスラムとの戦い」に転化しそうな危うい雰囲気を漂わせている。敵が1つで明確なときは良いが、こういうときに限って自らの利権に対する欲求を、一見合理的正義の衣を纏った案にこっそり忍ばせてくるヤツらもいるので、注意してみてないといけないと感じている。

そんななか、「『Facebook』プロフィールをトリコロールにする前に考えたいこと」という記事がバズっているのを発見した。曰く、

▼フランスの犠牲者の方々には哀悼の意を表する。これは当然。

▼が、フランスだけなのか?レバノンは?シリアは?先進国だと騒いで、途上国だとどうでもいいの?

▼アメリカ企業であるFacebookにノセられている人たちは少し浅はかですね。欧米の横暴のせいでこうなったのよ?

といった主旨のことが書いてある。そしてこういった主張に与する人たちの投稿が、その「Facebook」を席巻している。

確かに、僕の友人たちも幾人もがプロフィール画面をトリコロールにしている。(以下、トリコローラー)LGBTのサポートのためにプロフィールをレインボーにしていた人もいた。なかには、その意味すら分からずしている人もいたことと思う。そして僕は、プロフィール画面をレインボーにもトリコロールにもしていない。

それでも、「Facebookのプロフィールをトリコロールにすることへの違和感」については言い様のない違和感を感じる。その違和感の正体がなんなのか?少しだけ考えて言語化してみた。

***

僕は常々思う。自分自身もそういうことを考えがちだし、しがちなので自戒を込めて言いたい。

 

最初の一歩を踏み出した勇者に、1位でゴールテープを切ることを強制するなかれ。

 

「じてんしゃがほしいの!」と叫ぶ子どもに対して、「でも、アイアンマン(=総距離226km、バイクだけで180km)走れないんじゃ意味ないよね。」と言う大人はいない。(と思う)

ボクシングの世界チャンピオンになるには、まず練習生としてジムに入り、プロテストに合格し、4回戦、6回戦、8回戦、10回戦、12回戦(世界タイトルマッチ級)とキャリアを積んでいく。「君は筋力、動体視力、柔軟性、センスのどれも不足してるから世界チャンピオンになれない。」なんてことを言われたら、今いる日本人の世界チャンピオンは一人も誕生してなかったはず。

モンスターに一撃入れられただけで失神するほど貧弱なレベル1の状態で冒険を始めなければ、魔法と武器を駆使して魔王を倒す、レベル99の勇者にはなれない。

・・・と思うんだけどどうだろうか。

***

世の中には、非常に賢い話し方をしながら、しかし不思議なことに全く行動をしないという人が一定数いる。

先天性の障がいを持つ人に対する募金をしている人に向かって、「事故で障がいを負った人はどうでもいいの?」と言う。

大阪の街を早朝から掃除してる人に向かって、「福島や東北ではもっともっと街の清掃を必要としてるんだよ?」と言う。

今際の際の命を救う救急救命の医師たちに対して、「ガンの死亡者は年間30万人いるんですけどね?」と言う。

テロを受けたフランスに対する弔意の念からトリコローラーとなった人たちに対して、「フランスだけじゃないんだよ?」というのは、僕には同じような構造に見えてしまう。

トリコローラーたちは、たぶんそんなことは考えてない。純粋に、フランスの犠牲者の方々に対して哀悼の意を示しただけではないのかな。レバノンやイラクのことはどうするの?フランスがやってきたこと知ってるの?というが、それはそれ。

人は人に対して対等である必要はあるが、平等に感じているわけではない。自分の子どもと他人の子どもは、対等ではあるが平等ではない。多くの日本人にとって、フランスに対する親近感は、レバノンやイラクに対するそれの何倍もある。

「まずは第一歩」ということで、親近感を感じる国のテロに対して哀悼の意を示すことに、僕は何の疑問も抱かない。なぜなら、誰もがテロに対して明確な問題意識を持っているかというとそうではなく、大半の人にとってはこれが第一歩である可能性があるからだ。

ゴールテープを切れるのは、一歩目を踏み出した人だけ。ほとんどの人はそれが分かっているのに、稚拙な一歩目を踏み出した人のことを、つい批判してしまう。別にいいじゃん。稚拙でも。1を始めた人に対して、「99がまだだよ?」と指摘したとしても、「何もしないお前よりはマシだよ。」の一言で終わる話だ。

ということで僕は、事故で障がいを負った人への募金に頭が巡らないまでも先天性の障がいを持った人に対する募金をやってる人はエラいと思うし、福島や東北の街の掃除のことまで頭が回らなくても、大阪の街を朝早くから掃除してる人たちのことをエラいと思う。体力の続く限り治療に専念しても、せいぜい1日数人しか救えない救急救命の医師たちは、それでもとてもエラいと思う。少なくともそれをしてない人たちよりは。

冒頭に、「僕が知る限りは」とカッコ付きで書いたのは、僕が知ってる範囲なんて、ぶっちゃけ世界の0.1%にすら満たないってことをよく分かっているからだ。パリの件を知ること、理解することは、あくまで第一歩。レバノンやイラク、もっと言えばアフリカのことや、今回話題になっている欧米の暴虐についても、一つ一つ知って自分なりのスタンスを持っていきたいと思う。

全世界の人たちが「テロなんてダメだ。」、「戦争なんてダメだ。」、「みんなで協力して平和に。」ということを共通認識として持つまで、まだまだ道のりは遠く、それは一朝一夕には実現しない。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

 

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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