ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

自分の住んでる世界だけが全てじゃないと思うあれこれ #799

time 2015/11/18


 

小学校高学年まで「日本には世田谷区しかない。」と信じていて、高校に入るまで「女の人には毛は生えない。」と信じていて、大学に入るまで「世の中の人は全員受験をしている。」と信じていて、今の会社に入ってしばらくするまで「半事業主になったからには成功を夢見て努力しない人などいない。」と信じていて、

つい最近まで「子どもが生まれたら虐待なんぞするはずがない。」と信じていた僕が言うのもナンなのだけれど、どうも世界は自分が知っている世界だけで構成されているわけではないようだ、と最近改めて気づいた。当たり前なんだけど。

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イスラム国のテロについては、本当に理解出来ないことばかりだ。

彼らが激怒している「(シャルリー・エブドなどのメディアにより)ムハンマドの風刺画を書かれた」というのは、「お前のかーちゃんでーべそ」とマザコンの人が言われて腹を立てたのと実際はあまり変わらないように見える。

要するに信じるものを侮辱された、という一点においては全く同じなのだけれど、しかし前者は爆弾や銃で人を殺し、後者はハンカチを噛んで悔しがる程度の怒り方をするのみ。

この違いはどこから来るのだろう。会社の悪口を言われて、嫁の悪口を言われて、親の悪口を言われて、仮にそれにムカついたとしても、人を殺すことを是とできる日本人がいるとは(ほんの一部の例外を除いて)思えない。

イスラム国の戦闘員たちは自分たちが空爆をされていることに対する直接的な報復という意味合いがあるので少しだけ分かるとしても、世のムスリムの結構な割合が、「フランスはムハンマドの風刺のせいでテロを受けても仕方ない。」と考えているというのは、僕にはちょっと理解出来ない。

 

一方の欧米。僕はつい最近まで彼らは正義の側にはいると信じていた。しかし知れば知るほど、現在の世界の混乱を作ってのは間違いなく彼らであり、有史以来の罪の総量を比べたら、どう考えてもアジアやアラブ、アフリカ、ラテンよりも、欧米がダントツで悪いヤツら、ということになると確信した。

9.11でテロを受けた。それに報復した。そこまではまだ良い。だけど、ひと呼吸置いた瞬間、彼らは必ず利権への飽くなき欲求に正義の仮面を装着させて、必要以上に異世界を荒らす。そこそこほどほどに、というケンカのルールみたいなものを、全く分かっていないのではないかとすら思う。

自分のやっていることが中長期的に見れば悪いことなのに、そこに全力の正義を振りかざして自分自身もそれを信じ込める才能を、僕は自分が体得できるものとは思えない。

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遠い国の遠い人種の人のことが理解出来ないのはよくある話。一方で、同じ日本人でも全く理解出来ないと思う出来事が、たびたび起こる。

2歳児にタバコを吸わせた親がいる。

「シュアしてもいいけどイライラいする事書くなやそうゆうことしか書かないやつわシュアすんなや死ねや」(原文ママ)

と、動画を「シェア」されたことに対してキレた親は、間もなく逮捕された。母親は不明で、親は16歳の女性と同棲していた。どうもコメントを見ていると、「ウチの子なんだから好きにして何が悪い?」と言いたげのよう。

良くも悪くも、子どもにとっては「親の提供する世界」が全てだ。少なくとも小学生まではそうだろう。中学生以降は、小学生までの世界観の延長戦上に人生が構築されていく。てことは結局小学生までで大体その子の思考や行動洋式は決まる。

今回の件については、親を是非ともシバいてほしいと、僕自身も思う。ただ一方で、その親は今回の件が悪いことだという認識をすら持てない育てられ方を、自身もしてきたのではないかと感じている。罪を罪と定義されないまま育った子は、一体どうやってその罪を犯す前に罪を罪として認識できるのだろうか。

僕はこういった事件はいわゆる「悪いこと」なのですぐに無くなるものと信じていた。しかし、一向になくならないだけの現実が、そこにある。世の中には「iPhone」と「スマホ」と「au」と「インターネット」が「全部違うメーカー」だと思ってる人がいるらしい。

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今カフェにいるのだけれど、横の席で大声で話す女性がいる。かなりふくよかめな方で、大口を開けてシロノワールを食べている。そこまでは良いとしても、びっくりするぐらいのミニスカート。かなり質量のありそうな大腿部が出ている。

かつ、足をパカーン、と開いている。斜め下を見ながら考え事をしていて、何気なくそちらの方を向いたら、まるで僕がその女性のスカートのなかを覗いているような格好になっていて戦慄した。

大丈夫、見てないし見たいとも思わない。

僕の常識のなかでは、女性は足を閉じるものという信仰がある。しかしそうではない女性もいるらしいことがよく分かった。その女性は、「イイ女とは?」を語っている。大声で。

理解の範疇外だったのだけれど、逆に自分の世界の狭さを思い知らされた。

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そんなわけで、自分の世界に対して自分なりの正義を感じることは前に進むためにも必要なことなのはそのとーりである一方、全く違う価値観、全く違う世界観の人間が遠くの国どころか自分の真横に座っていることもある、ということを、覚悟しながら人生ゲームを生きる必要があるなと感じた。

結論なし。

世界はいろいろ。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

「ラオウを目指す羅王のブログ」にようこそ。修羅が蔓延る世紀末の日本を、「北斗剛掌派」という思想体系を以て変える活動をしています。我が生涯に一片の悔いなし!と言える人生を送るため、101回目のダイエットに励んでいます。