子どもの言ってることは大体合っていて、やっていることは大体間違っている。 #808


 

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長女は6歳。いつの間にか「女児」から、「女子」になっていた。

先日寝る前に、「パパ、あのね。。」と切り出し、

「つまづいてもたちどまっても、ずっとかぞくでいようね。」

と言われたときは、ベッドの上でひっくり返りそうになった。「マザー・ゲーム」の一場面のセリフだが、妙に心が籠っていたのでビビった。

他にも、

「40びょうでしたくしな!!!」

と言っていたことがあったが、これは「天空の城ラピュタ」の、海賊の親玉ドーラおばさんが主人公を怒鳴りつけるときのセリフだった。

「ハハハハ、ひとがごみのようだ!!!」

と叫んでいたのは、同じジブリの悪役ムスカのセリフ。

うちの教育レベルがバレてしまう。
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子どもの行動というのは、基本的には大体が間違っている。

赤信号なのに渡ろうとする。ご飯中なのに立とうとする。寝る時間なのにテレビを見ている。静かにすべきところで大声を出す。

していいこととしてはいけないことの境目を教えながら、根気強く「強制的な矯正」をかけていくのが親の役目だ。

本当は褒めて伸ばしてあげたい、そう思いつつも、現実的には怒ることや叱ることが多くなる。これはある程度仕方のないことだと思う。

先日、奥さんに怒られた長女が、口答えしていた。

「はじめてやったことだからわからないのに、どうしておこるの?」

長女の理解力からすれば、その問題は過去の経験から「やってはいけないこと」に分類されるはずのことだったので安心していたけれど、なるほどその事象だけを見てみれば、確かに「やったことがないこと」だった。

長女は初めてそれに取り組み、間違ったやり方をしてしまい、そして「アレと同じだから出来るはず」と思い込んでいた奥さんの予想とは違うことをしてしまい、そして怒られた。

中身はと言えば、「牛乳は両手で持たないといけないってのは知ってたけど、麦茶は片手でもいいと思ってた。で、こぼしちゃった。」みたいな、結構どうしようもない話だったのだけれど、長女の反論には一理あるなと思わされた次第。

確かに、子どもに抽象化や帰納を求めても、少し難しいのかもしれない。

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子どもがやることは大概が「強制的な矯正」の対象であるのに対して、言うことに関しては結構な割合でハッとさせられることがある。

ぐぅの音も出ない、ド正論。

言われた大人の側としては、2秒ぐらい思考が止まる。

僕が最近言われたのは、

「さいしょからうまくいくわけないのに、しっぱいしちゃいけないの?」とか、

「さいしょはうまくいかなくても、さいごまでしんじてがんばればいいんだよね?」とか、

「きのうプールいくってやくそくしたよね。うそつき。」とか、

「パパもママもケンカしてないでどっちもごめんなさいっていって!」とか、

「わるいことしたらけいさつのひとにおこられるんだよ。」とか、

「へんなおじさんについていっちゃいけないってゆうけど、よくみたらパパもへんなおじさんだよね。」とか、

「パパが35さいなのに、ママが21さいっておかしくない?」とか、

それはそれはド正論。本当にぐぅの音も出ない。ラスト2つはどうでもいいとしても、残りに関しては一体誰が吹き込んだのか?

多くの場合、それは親自身が子どもに教え込んだ言葉である。

理想と現実のうち、理想に重心を置いた発言を、子どもは本当によく覚えている。勿論、我が子にそうなってほしいから繰り返しているのだけれど、それをそのまま受けとった子どもの側としては、大人がその言葉通りに行動しているか、本当によく見ている。

「靴を揃えなさい。」と言って親が靴を揃えていなければ、おかしくない?となるし、

「ご飯を見て食べなさい。」と言った親がテレビを見ながらご飯を食べていれば、そりゃないよね?となるし、

「お友達に優しくね。」と言ってる親が四六時中キレたりしていれば、親の言ってることが戯れ言であるとバレる。

親は子どもの通知表を見るが、一方で自分自身の知行合一度を、子どもが常に通信簿に記入しながらチェックしているということも、頭の片隅においておかないといけないと思う。

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んで、結論。

子どもが言ったことに対して、「そうそう」と思えるようならば、それはあなたがその言葉と同様の行動を取れている可能性が高い。

でも、子どもにハッとさせられるようは発言が見受けられる場合、その多くは、

自分では良しと思っているが、出来ているかいないかで言えば出来ていないこと

である可能性が高い。

どっかのエラい誰かさんが吹き込んだことではなく、当の自分が繰り返し、子どものために言った言葉である。その自分で言ったことが、子どもはまだしも自分自身が出来ていないということの証左である場合が非常に多い。

子どもはやることは大概間違っているけれど、言っていることは、常に親である我々自身が言っているとほぼ同じ。「お!良いこと言ったな!」と感じたときは、それが自分でも出来ていることなら当然だし、そうでないなら子どもに頭を下げて、いますぐ改善すべしだなーと思った。

先日、「このしゃしん、パパはひだりがわのひとににてるよね。」と言われた。

何の写真かと思ったら、ライザップの写真のことだった。左は使用前のデブ、右は使用後のムキムキだった。

ムカっと来たが、当たっているので6歳児相手に何も言えなかった。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!