マーク・ザッカーバーグ氏が5兆円を寄付する話に思うこと #813


 

Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏が、自社の株式の99%を生涯に渡り寄付する方針であることが発表された。

現在の価格で5兆円超。あり得ん・ロッベン。

同じく多額(とすら呼べないほど巨額の)の寄付をしたウォーレン・バフェット氏を慈善事業の師と仰ぎ、これから漸進的に寄付を進めていくんだそう。

娘さんが誕生したことをきっかけに、その子の将来を見据えて、今から慈善活動に投資をしていくことを彼は娘さんへの手紙に残している。

これぞ慈善活動!と僕は思った。

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「福山ショック」を引き起こした福山雅治さんは、過去に出演した「情熱大陸」でこんなことを言っていた。

「売れてない状況のときって、全て周りに集まってくる人が、売れてない人が集まってくるんですよ。で、売れてないモン同士で語るんですよ。

で、どっかで、お金持ったことないのに、『金じゃないよ』って話をし続ける。売れたことないのに、『売れるのが全てじゃない』って話をし続ける。なんか『ちがくねーかな?』って思って。。。

ガバっと売れて、ガバっと金入って、もう外も歩けねーみたいになって、『売れるのが全てじゃないよ』って言うんだったら分かる。」

その後、「今、売れるのが全てだと思ってますか?」と聞いたブレイブハートなインタビュアーに対し、「全てじゃないですね。」と答えた。ムカつくけど格好いい。

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ある会社で人事について試験的に比較してみたところによると、

A:「世のため人のために役に立ちたいんです!」

B:「僕はベンツに乗りたいんです!1300万のオープンカーのやつ!」

という、仕事への意気込みが対照的な2人を比べた場合、明らかに仕事のパフォーマンスはB君の方が上だったんだとか。

A君は志は立派だけれど、言ってることとやってることに距離がありすぎて、目の前の欲望のために突き進んでる(ように見える)B君に、結局一度も結果で勝つことが出来なかった。「欲がないのは良くない」とある経営者は言っていたが、まさにそれだった。

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「正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力である。」

という言葉がある。力のある人たちには、ぜひとも正義を持ってもらいたい。政治家の人たち、大企業の人たち、経営者の人たち、頭の良い人たち、マッチョな人たち。

皆さんの力は、正義を貫き正しい影響を周りに及ぼすために天から与えられてるのであって、弱い者いじめをするためや、甘い汁を吸うためのものではない。

ぜひとも電車を降りたら一目散にエレベーターの前に並ぶのではなく、階段を登っていってほしい。疲れてるのかもしれないけど、皆さん以上にエレベーターを必要としてる人は沢山いる。

法律ギリギリの節税ではなく、お金を使うことを考えてほしい。お金を回せるのは皆さんしかいない。震災や水害があったら、寄付をたんまりしてほしい。出せる余裕のある人にしかお金は出せない。

駅のホームで子連れの奥さんがベビーカーを運べず困ってたら、助けてやってほしい。生きるのに不要なその無駄な筋肉は、こういうときのためにある。

ぜひ、金持ち優遇ではなく、母子家庭問題とか障がい者の雇用問題とか待機児童問題とか、社会的弱者が普通の人生を送れる可能性を増やせる方向に国を動かしていってほしい。間違っても、「先生」などと呼ばれて調子に乗ることのないように。

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一方、最近どうも、「力なき正義」を語る人がやたら増えてるように思うのだけれど気のせいだろうか。Facebookを開けば、耳障りの良い言葉が沢山並んでいる。ちょちょいとメモったり、「シェア」して自分の意見のように見せるのは至極簡単だ。

だけど、その語った正義と、今現在やってることが1ミリもつながってない、そしてこれからもつながらないというヤツは結構多い。

例えば、「お客様のために仕事してます。」と念仏のように口にしている人間が、医療保険一本しか売ってこないということがよくある。僕からすれば茶番以外の何物でもない。何を以て、「一番役に立たない保険の代表格である医療保険」しか売れなくて、それで「お客様のため」などと言えるのだろうか?と思ってしまう。

真にお客様のことを思うのであれば、詳細は割愛するけれど僕は医療保険がそのツールになるとは思わない。

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マーク・ザッカーバーグ氏もウォーレン・バフェット氏も、あるいはビル・ゲイツ氏も、慈善事業に多額のお金を拠出している。

しかしそれらは、元を辿れば苛烈なまでに競合をぶちのめし、冷徹なまでに人の首を切り、そうして築き上げてきた利益の集積だ。彼らはいわゆる、誰からも好かれる善人ではないと僕は思う。近くにいたら、きっと最悪なんじゃないかと。

でも彼らは、きちんと周りを動かすに足る力を持っている。そしてその力を、そうは言っても正しい方向に使おうとしている。その方がよほどカッコいいのじゃないかと思う今日この頃。結果を出してから立派なことを言う。それって最高にカッコいい。

僕もね、「太っててもサブ4出来ることに価値がある。」とかほざいてたけど、「太ってなくてサブ3出来ることの方が価値がある。」と素直に認めることにしますよ。「アイアンマンは世界選手権が全てじゃないよ。」と、世界選手権に出てから言うことにしますよ。

気持ちの尊さはイコールかもしれないけれど、100円しか寄付出来ない人より、5兆円寄付する人の方が、やっぱりエラいと思うんだ。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!