ラオウを目指す羅王のブログ

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!!

調和の時代は終わった #816

time 2015/12/05


 

「調和」の時代は終わったと最近感じている。

調和力では世界一なのが日本人の特徴だと僕は思っているけれど、今まではその能力が通用したがこれからは通用しない、というか今既に通用しなくなりつつあるのじゃないかと思うようなことが頻発している今日この頃。

調和の具体例だった年功序列と終身雇用はもう形骸化している。日本がここ数十年近隣住民との戦争に巻き込まれなかったのは、日本が非武装非戦態勢だったからではなく、世界最強の同盟国アメリカの陰に隠れていたから。

調和調和言ってても、発言をしないと認めてもらえない国際社会で、純然たる日本人のスタイルというのは受け入れられない。

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かといって、「力」が良いかというと、勿論そうではない。力で世の全てを規定してきたという傲慢さにまみれたアメリカは、もはや世界の主導権株式を過半数に近いぐらい手放している。まだ世界最強国家であるが故に大株主ではあるものの、世界の取締役会は、アメリカ社長の言うことに昔ほどうんうんうなづいてくれない。

「力」の行使がどんな悲劇を生み出してきたかというのは、ISあたりを見ればよく分かる。彼らが正しいとは全く思わないが、その設立経緯に英米などの「ジェダイサイド」が濃密に関与していることを考えると、少なからぬ合理性を見出すことも出来なくはない。

僕は「力」の必要性を認めていないわけではない。日本国内に目を向けても、あるいは僕個人の生活に目を向けても、調和だなんだもとても大事だけれど、力がないとそもそも話にならない。国全体が上向いていた高度経済成長期ならまだしも、今は黙っていたら下っていく下りエスカレーターだ。登るには力が要る。

世界は、「力」でまとめる時代に終わりを告げた。一方で依然として、力を必要としている。やり過ぎや良くないが、ないわけにはいかない。そして日本的な調和の精神も、総論賛成各論不十分なだけで、十分に世界平和や人類の進歩に寄与しそうな気がする。

かゆいところにだけ手が届いていないような絶妙な感じになっている。

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んで、僕が提唱するのは、日本人としての道だ。

「調和」ではなく、「超和」

日本人として、日本人の良いところはそのまま活かしたい。かといって、非暴力不服従みたいなことをしていても、どこかのだれかさんにボコられて終わるだけだ。日本人ビジネスパーソンも、単なる調和では話にならないことを痛感しているだろう。

なので、和を超える和、すなわち「超和」。

これが何なのか、何たるか、何をすべきかを、これから自分のなかで一生懸命考えていきたい。力を兼ね備えた和、とでも言えば良いだろうか。

なんだかまとまりのないエントリになった。ご容赦を。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

家族とか教育とかの話

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羅王(AKBとも呼ぶ修羅も多いです)

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