昔と今は全然違うって話の具体的な話 #824


 

昔と今は全然違う

と言われている。

世界はアメリカ一極支配から、多極共生の時代へと移り変わった。ITの進歩により、世界は依然に比べてフラット化することとなった。昔は「たぶんこれが正しい」と思われることの数がそんなに多くなかったが、今は人の数だけ、国の数だけ正しさが乱立するようになった。

マクロ的には世界が変わったことに皆気づいているが、だからどうしようという話はミクロレベルで考えなければいけない。

川の流れの速さや角度が変わったとしても、予定通り向こう岸までたどり着きたいのなら、泳ぎ方を変えるか、泳ぐ方向を変えるか、舟を漕ぐのか、ボートを使うのかを自分ごととして考えなければいけない。

で、その「昔と今が全然違う」ということに関して、具体的な個人としては何が全然違うのか?について、正確に知っておく必要があると思ってこのエントリを書いた。

数年間でのべ数千人に会ってる僕が実感している変化としては、昔と今の違いというのはFP的なものを含めるとこんな感じ。

1、必要な努力の仕方が変わった

男性であれば、昔は仕事で努力していれば良かった。今は家事育児もしないと、家でも社会でもボコられる。女性であれば、昔は家で家事育児をしていれば良かった。今は働くということもしないと、稼ぎの少ない夫のせいで生活が安定しない。子どもであれば、勉強を頑張っていれば良かった。今はそれだけで未来が保障されない時代になってきた。

サッカーのFWは、昔は点さえ取ってれば良かった。だから守備を全くしなFWもいた。(今もたまにいる。)しかし今のFWは点を取るのにプラスして「相手にDFにプレッシャーをかけ」、「何ならGKにもプレッシャーをかけ」、「そのために走り回り」、「ポストとして攻撃の起点になり」、「ときに自陣にまで下がってボールを受け取り」と色々しなければならなくなった。

誰にしても、「これが最も求められますけども!」という主たるミッション以外に、2つも3つも役割を負わねばならなくなった。一方向ではなく、多方向に努力しなければいけない。しかも常に。

 

2、給料が上がらなくなった

これは皆さん気づいているようで意外と頭の芯から分かっていないんじゃないかと思う重要ポイント。

例えば住宅ローン。昔は「繰り上げ返済」が当たり前だった。20年で住宅ローンを返している人も一杯いた。マネーリテラシーは今よりむしろ皆低かったが、給料がバンバン跳ね上がってた時代だから繰り上げ返済が誰にでもガンガンできた。

大体給料の1/3が返済限界と言われているが、仮にその限界値でローンを組んだとしても、10年後には楽勝になっていた。給料が10年で倍になったら、そりゃ誰でも繰り上げできる。

にも関わらず、未だに貸し付けの水準は昔と変わっていない。「繰り上げればいいじゃないですか。」と不動産屋や銀行は気軽に言うが、どの口が言うんだろうと僕は思っている。一生ラクにならないローンを抱えている人は結構多い。

 

3、国と企業が守ってくれなくなった

これも分かってるようで実際は分かりにくい項目。具体的には、老後の心配と子どもの教育費の心配は、実は昔はあまり要らなかった。

老後は国の年金と企業の退職金が面倒を見てくれた。教育費も実は、分かりにくいけれど実際は国が面倒を見てくれていた。なぜならおじいちゃんおばあちゃんにはお金がそこそこあり、それはもとはと言えば国の成長に従って増えた給料や年金が原資だったから。

1回試算してみたが、1世代につき4000万ぐらいは国/企業からもらえる額が減っているのじゃないだろうか?2世代で8000万。そりゃ金ないわ。

 

4、(男性限定)アベノミクスの前に、「ツマノミクス」が重要になった

Q:国と企業が助けてくれないなら、誰が自分を助けてくれますか?

A:自分です。

みたいなやり取りが聞こえるようになって久しい今日この頃。具体的には、生き残るために自分の能力は自分のお金と時間と労力を使って伸ばさなければいけない。

ところがここでほとんどの家庭でぶち当たってるのが、「ツマノミクス下の成長戦略が描けていない」という問題。つまりは、奥さんの満足を得ながら、新たなチャレンジをするためのお金と時間と労力を割く、というパーミションがもらえてないダンナが急増している。

「3万のセミナーに行きたい。」「は?なんで?」「いや、将来のために必要だ。」「なら小遣いの範囲で行ってよね。」

「土日は勉強会がある。」「は?なんで?」「いや、仕事の能力を伸ばすために必要だ。」「なら業務時間中に行ってよね。」

という不毛な会話は、ちょいとアンケートを取ればものすごい量キャッチすることができる。男のプレゼン能力が今程試されている時代は他にない。「敵は本能にあり」。妻の現状維持本能をどう攻略するかが、腕、器ともに問われている。

 

5、不足しているものが見えにくくなった

昔は足りないもの、不便なことが沢山あった。今はそうでもない。およそ必要と思われるものは、全て揃ってしまっている。逆に、「ものが豊富なことが問題だ」なんて、昔は誰も言わなかったことが問題視される始末。

たしかに、「これが足りない!」というのがある程度明確であれば、人間は分かりやすいものが大好きなので頑張ることができる。けれど、今はがんばったその先に何があるのかが、イマイチ見えにくい。

頑張った結果、液晶テレビが4Kテレビになっても、ぶっちゃけあまり嬉しくない。

不足しているものが努力せずとも誰の目にも明らかだった時代ではもはやない。自分でそういうものを見つけていくスカウター能力が必要になってきている。

 

他にも沢山違う点はあるんだけど、時間がないのでこのへんにしとく。また今度。

***

世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!