昔から、クリスマスよりも、クリスマス・イブの方が興奮する。
これは僕だけだろうか?「いいえ、だれでも」と信じている。
原因はよく分からない。でも確実に、この気持ちは誰かと共有できると思っている。
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考えてみれば人生の他の件に関しても昔からそうだった。
遠足は確かに楽しかったけれど、遠足の前にあれこれ想像したり、限られた予算のなかでお菓子を選んでいる時の方が、よくよく考えれば楽しかったような気がする。実際に遠足に行ったり、実際に買ったお菓子を食べてるときは、その前より興奮が薄れていた。
僕はハワイ旅行が大好きなのだけれど、ハワイ滞在中は帰国の日に向かってだんだん憂鬱になっていく。まだ始まってない、つまりハワイに行く前の「これからハワイだぁ!」な瞬間の方が、心はウキウキしているようだ。
バレンタインのドキドキもそう。どうせもらえるチョコの数は限られているのに、なんであんなに胸が踊ったんだろうと思うぐらい、僕の胸は毎度EXILE並みに踊っていた。そして当日は、毎度のことながらお葬式のように静かにしていた。確かにチョコはもらえたんだけど、それまでの興奮の日々に比してあまりに静かな当日を迎えるのが常だった。
もうすっかり独身の頃の気持ちは忘れてしまったけれど、男性はともかく特に女性は「結婚」というものに対して、した後よりもする前の方がドキドキしているのではなかろうか。してみたらしてみたで、小さい頃から夢にまでみたもののはずなのに、色々と文句を言ってる人は沢山いる。(汗)
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なんてことを考えていたら、一つの仮説が浮かんだ。当たってるか間違ってるかは非常に微妙だけど、言いたいことのニュアンスが伝わると嬉しい。
資本主義の世界においては、現物に加えて、その現物に対する期待そのものがビジネスになる。そしてそれは、現物そのものよりも、はるかに大きな市場を形成している。
リーマンショックやバブル崩壊が起きるのは、この期待ビジネスが過大になりすぎたから。現物だけで満足していれば、あんなことは起きなかった。
人は現物よりもむしろ期待に対してドキドキして、期待に対してお金を払う。脳は現実と妄想の区別がつかないと言われているけれど、ヘタに落ち度の沢山ある現実よりも、欠点の一切ない妄想の方が、人間の脳的には魅力的に映るらしい。
こじはると結婚することを夢見ているアキバのオタクはきっと幸せだろうけど、実際に結婚できるとなったら、ワガママに辟易したり、スッピンを見ることになったり、部屋が汚かったり、トイレを流す音が聞こえたりと、色々要らんことを知ることになるに違いない。
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てなわけで、そういえば年収が一応の目標に達したときも、それまでの憧れがウソだったように、なんのことはない普通のことにしか感じられなかった。
あれから目標ははるかに上方修正したけれど、きっとまた同じことが起きるのだろう。
勿論、悪いことばかりではない。目標としていた場所が普通になったのだから、それは「成長」という言葉で括ることができる。自分の足跡を褒めてあげたい。
ちなみに、子どもたちはクリスマス前も、クリスマス本番も、同じように全力で楽しみにしている。あんな感じにすべてに対して感動できる人間でいたい。
明日はクリスマス。プレゼントを開ける娘はどんな顔をするだろう?
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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