「あの人、から回ってるよね。」

と誰かが誰かを指して言ったら、大体の場合はその人のことをプラスの意味で表現しているわけではない。むしろ、ちょっと軽蔑したりちょっと冷笑したりちょっとあざ笑ったり、そんな感情が含まれていることは誰にでも分かる。
僕も、そういう「から回ってる人」を正直に言えばちょっとバカにしたことがあるし、あるいは自身が「から回ってる人」になったことも何度もある。
僕から見て「から回ってた人」とは、例えばクラスの学級委員の友人がそうだった。あとは文化祭委員とか、部活のキャプテンとかがそうだった。今で言えば、自分が企画したイベントに来ないヤツとか、力量以上の組織を率いようとしてテンパってる人が周りにいるけど、彼らがそうなのかもしれない。
僕自身が「から回ってた人」だったのは、運動会の応援団の団長をやったときとか、仲間内の旅行企画を立ち上げたときだった。今で言えば会社でやってる勉強会を立ち上げたときとか、最近もいろんな場所でいい感じにから回ってる。
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他人にしろ僕自身にしろ、ここまで「から回ってる人」の具体例を挙げてきた。
彼らには、あるいはそのシチュエーションには、とある共通点があることに気づいただろうか?
それは、
 
 

から回ってる人は止まってる人ではない

 
 
ということ。
 
そして、
 
 

から回ってる人は周りの誰より動いてる人である

 
 
ということ。
 
友人が言っていた。

「から回ってる人は、生ききってる人だ。」

 
まさにそのとーりと思った。「生きている」だけでは、から回ったりしない。「生ききっている」からこそ、から回る。周りが付いてこれないほどの速度で動いているから、若干浮いて見える。
僕は、どっちになりたいのだろうか?
自分は止まりながら、動いている人を嘲笑したいのだろうか。
それとも、自分自身がガシガシと動き回りたいのだろうか。
当然、後者だ。
から回ることは、悪いことではない。
から回ってこそ、差別化できる。
少なくとも、から回ってる人が最近はとても格好よく見えるようになった。これも成長なのかもしれない。
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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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