ハワイコンベンションにて その③ 〜ハワイの新オススメスポット〜 #1054


 

ハワイコンベンション続き。

ハワイというのは不思議な街で、いるだけで楽しい。

基本的には何かしてないと楽しくない僕にとって、そこにいるだけで楽しいというのは、結構珍しいことだ。

青い海、白い雲、どこまでも続く砂浜、陽気な人々、まぁまぁウマい飯、ウィンドウショッピングばっかりだけど楽しい買い物、カラっとした湿度。

何かコレという原因があるわけではないけれど、ハワイは人の心を明るくしてくれる。

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ハワイコンベンションにて その② 〜アメリカ人はハンパない〜 #1053


 

ハワイコンベンション続き。

ドメスティックな僕がアメリカ人と会う機会と言えば、数年に1度こうしてハワイに来るときだけ。

そして毎度来るたびに思うのが、

アメリカ人には本当のデブが本当に多い

という事実。

いや、マジで多過ぎだって。

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ハワイコンベンションにて その① 〜2号機の歩き方が面白い〜 #1052


 

自分でもびっくりな奇跡が起きてそれが運良く続いてくれたため、毎年この季節に行われる海外コンベンションには今回で10年連続10回目の参加となる。

どの年をとってみても余裕だったことなんてただの一度もないのに、気づけば入社当時に憧れた10回目の入賞となっていた。1が10回重なると、10になるなんて、人生とは不思議なものだ。

今回は予算の関係で僕は会社の手配した便で、家族は自分たちで手配した便でということでバラバラでハワイまで行くことに。

大して売れてないヤツの業ということで、負荷をかけて大変申し訳ない。ハワイに行くのにぴりぴりした雰囲気となってしまった。

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70人規模の勉強会を企画して分かったこと #1050


 

先日、TED形式の勉強会を開催した。

なんと70人を超える人が集まってくれた。

感謝感激雨嵐。皆さん本当にありがとう。

 

そのなかで最も笑いを取っていたのは、最も中身のないプレゼンをした漢だった。

「いいか、絶対に中身を濃くするなよ。羽毛布団よりも軽くするんだ。つまりはお前のそのままを出せ。」

と大まかなシナリオと主旨を事前に厳命してあったが、予想を超える中身のなさに、会場は大爆笑だった。

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なぜ僕は三宅洋平氏に投票しないのに三宅洋平氏推しなのか? #1034


 

本日は参院選であります!

間もなく開票ということで、票にはほぼ影響しないと思われる時間帯に、僕が今回の選挙で感じたことを書いておこうと思うアルよ。

ま、デルタブロガー(読者のほとんどいないブログ)なのでもともと影響もなにもないんですが。

誤解を避けるために先に結論から書くと、

1、三宅洋平氏には投票してません。

2、でも三宅洋平氏には是非当選してほしいと思ってます。

てところ。理由は下記につらつらと。

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そろそろ生物の本来の姿に戻ってはどうだろう? #1030


 

民主主義の最大の利点であり、欠点でもあるのが、

 

最大勢力が最も利益を得る

 

という点である。

日本の場合、この最大勢力とは、いわゆる高齢者、および高齢者予備軍に当たる。

今の日本の人口は1億3000万人に少し足りないぐらい。これが、30年後に1億人に、50年後に7000万人に、80年後には5000万人ぐらいになる。

このうち、現在は65歳以上の高齢者が人口の25%に達している。そしてこの割合はどんどんどんどんどんどんどんどん増えてくる。

数十人の若者で一人の高齢者を支えていた年金はもとより、今ですらギリギリの医療制度も、その他の社会保障も、すべてが崩壊に危機に瀕している。後期高齢者の使う医療費は、その他全ての世代が使う医療費の合計よりも多い。

うーん。

うーん。

うーん。

これが今の日本の実体である。

子どもを産もうと思える人が減っているのは、分からないでもない。僕も1号機2号機に続き3号機が欲しいが、どうにも恐くて踏み出せない。

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さて、ここでいまいちど、反対があるのを承知の上で、僕は生物の本来あるべき姿に戻ることを提案したいのだけどよろしいでしょうか。

僕が考える生物本来の姿は、

 

次世代ファースト

 

である。

 

鮭は、卵を産むために死を賭して川を遡り、次世代へのバトンをつないでそこで命を終える。

カマキリは、交尾後にメスがオスを食べてしまうことが多い。産卵のための栄養補給のためだそうだ。

多くの鳥は、天敵に襲われる危険を侵して空を舞い、必死に捕まえたなけなしの虫を雛たちに届ける。

生物というのは、種の保存と繁栄を本能でプログラムされているので、必ず次世代ファーストの行動をとるようになっている。

一方で、人間だけが年齢とともに

 

アイ アム ファースト

 

に年齢とともになっていく。

 

子どもが生まれてしばらくの間はあったはずの献身性はどこへやら。「さあこれからは自分の時間を自由にするぞ」と言って、自分のための自分の人生を生きていく。

いや、別にそれがダメと言ってるわけじゃない。それまでに十分がんばったのだから、人生の後半に自由な人生を生きることは許されても良いだろう。

でもこれって、自然の摂理に思いっきり反する生き方じゃないだろうか?

 

僕が提案したいのは、極論で高齢者に死ねというのはどうかと思うが、やはり最大の利益を享受するのが、人生が終わりに差し掛かった世代ではよろしくないだろうということだ。

選挙権、年金、医療費などなど、各人の総数に基づく平等な分配がなされているように見えて、思いっきり高齢者に全てが寄っている。

社会として適正な水準で全年齢が生存を保障されつつ、生物としてはもう少し自然な形で世代交代していく仕組みにすべきなんじゃないかと思う今日この頃。

少なくとも僕は、娘たちの世代に全力で自分の持てるものを継承していきたい。

そんなことを考えている。

年金は収入だけでなく資産をベースに算出。一定以上のお金がある方の年金は100%カット。選挙権は1/3に。医療費は同じく収入だけでなく資産をベースに、一定以上の保持者は100%負担させる。

それぐらい以上のことを、生物界では全てやっているのだ。もっと高等な人間が出来ないはずはない。

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世知辛い世紀末にこのエントリを読んでいただいたことを感謝します。

退かぬ、媚びぬ、省みぬ!!!

我が人生に一片の悔いなし!!!

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原理主義者の善し悪しについて #1029


 

「◯◯原理主義者」というと、一般的にはあまり良いイメージを持たないかもしれない。

巷を騒がせている原理主義者たちは、どの分野であれ、はっきり言って迷惑行為しかしていない。

一方で、僕の暮らす世界には、そういう名前は付いていないものの、言うなれば「保険原理主義者」なる民族がいて、毎日毎日アホみたいに保険を売っている。

決して売りつけているわけではなく、お客様のニーズをきちんと汲み取り、保障や積み立ての不足部分は付け足し、過剰部分は削るというお手伝いをしながら、何よりお客さんにめっちゃ感謝されている。

僕から見ても、また顧客目線で見ても、彼らはめっちゃ良い仕事をしていると思う。僕もかくあるべきと思いながら、彼らを見習うことにしている。

どちらも、「原理主義者」という意味では実はあまり変わらない。

しかし、世の中には明らかに「良い原理主義者」と「悪い原理主義者」がいると僕は思う。

では、その分水嶺はどこにあるのだろうか?

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独立記念日に依存しまくる2号機 #1028


 

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7月4日と言えばアメリカ独立記念日。宗主国のイギリスから、見事独立を勝ち取った日だ。

日本人は建国記念日に対して思い入れを持たないが、アメリカ人は独立記念日について、誇りを持っている。

映画「インデペンデンス・デイ」では、アメリカ人がいかに独立記念日を大事にしているかが、名シーンとして描かれている。何度観ても震える。

 

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さて、この7月4日の独立記念日。

実は去年の7月4日に、全く独立していない、むしろ家族に依存しかしていない存在が我が家に加わった。

そう、2号機である。

3000グラム中盤で生まれた2号機は、当初大きめ認定だったのが、みるみる間に最小クラスへと移行。しかし毎日毎日、満腹という言葉を知らないのかというほどごはんをパクパク食べている。

そして1年経った今日も、相変わらず独立する兆しを全く見せず、あーだのうーだの言いながら、家族に依存しまくっている。

1年前から体重は倍ほどにもなり、日一日とはっきりと成長が見て取れる。この上ない楽しみだ。。。

なんて安西先生のセリフも言ってみたくなる。

毎日毎日、この2号機を中心に展開される家のコントは、本当に騒々しい。しかしなんというか、幸せの源みたいなものを毎回感じさせてくれる存在でもあり、大変だけれど本当に楽しい。

生まれてきてくれてありがとう。

心の底から毎日僕は2号機に向かって言っている。いつか分かる日が来るのだろうか。

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1号機が生まれたときは、自分がまともな父親になるので精一杯だった。正直、あまり先のことは考えられなかった。

2号機が生まれて1年経った今、1号機の時と同じ焦りや不安は勿論ある。

俺でよいのか。他の父親の方がよかったのじゃないか。そんな柄でもないことも考えたりしている。

 

ところが、ある部分で少し考え方が変化してきたようにも思う。

1号機のときは、「どう育てていこうか」ばかり考えていた。言うなれば、彼女の年齢のレンジにおいて、0歳〜28歳ぐらいまでしか考えていなかったように思う。

ところが2号機が生まれ、そして1年経つにあたり、僕の思考は

「こやつらがどういう子育てを出来たら理想的か」

なんてことを考え始めた。

いるわけでもない孫を、将来娘たちがどんなふうに育てるのか、どんなふうに育てていってほしいか、そんなことを考えているのである。

思考のレンジが、今から10年程度だったものが、一気に30年先まで考えるようになった。

30年後といえば、僕はもう働いていないかもしれない。つまりは現役として力を振るえない時期に差し掛かっている。

そんな時期のことまで考えるようになったのだ。

 

我ながら不思議だった。

しかし今までのどの時点よりも、強い想いを娘たちの将来に対して抱いている。どうせ僕は、あと数十年しか動けない。

しかし娘たち、そしてその子どもたちの代まで命のバトンが続くとすれば、最低でも僕のやってることは100年先まで影響を及ぼすことになる。

そのための一生であり、そのための10年であり、そのための1年であり、そのための1ヶ月、1週間、そして今日なのだと、本当に柄にもなく考えるようになった。

 

1号機は、今日もまたママと全力でケンカしている。2号機は、今日もまた「あ行」だけで人類とコミュニケーションをとっている。

そんな2人を見ながら、僕は一人で30年後から100年後にかけてのことを考えている。

7月4日に万歳。

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